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「いい加減、サボる口実にここを使うの止めてくれ」
取り合えず測ってみた平熱の体温計を、顔を顰めながら見ていた長瀬がため息を吐いた。
昼下がりの静かな保健室には長瀬と俺しか居なかった。
俺は上着を脱ぐと簡素なベッドへとダイブしたが、さっきから長瀬の小言が頭上から降り注いでいる。
「あー、やっぱここが一番!午後は昼寝に限る」
そう言いながら、ベッドの上で伸びをする。
あれから俺はここへ直行した。
教室に戻って静月と肩を並べて授業を聞くのも気まずかったので、保健室のベッドで長瀬の説教を聞きながら横になる方を選んだ。
「学年ビリを這ってるお前がここで寝ててどうする、戻って授業受けなさい」
「ビリビリとみんな煩い!寝かせてよ」
「先生に向かって煩いとはなんだ」
何が先生だよ、ここで高校生と……しかも男子相手に不純同性行為する奴が……。
「授業ふけって校外で遊ばれるよりいいじゃん?目の届くところにいるからさ」
長瀬は眼鏡を整えながら、大きくため息を吐いた。
「おまえなぁ、熱も無いのにベッド占領するなよな」
「固い事言うなよ~、俺と長瀬チャンの仲じゃん」
「どんな仲だよ、お前には手出した記憶が無いが……」
意味違う……。
「いろんな事黙っててやってんじゃん、ギブアンドテイク?」
「教師を強請るとはお前も大した玉だな」
長瀬の実家は某有名商社の創設者だと聞いたことがある、教師クビになってもどうってことなさそうな気配がするこの男……、なので俺が保健室での行為をチクろうが痛くも痒くもないんだろう、緩やかに教師ライフをこの学園でエンジョイしてるゲス野郎だ。
「しょうがないな……、病人来たらどいてもらうぞ」
「うんうん」
「それとベッド料金」
長瀬はいきなり俺の頬にチュッとキスをした。
エロ教師め……、まあ、このくらいは堪えよう、安住の寝床の為だ。
「あれ?面白くないな、何時ものように嫌がらない」
「どういう趣味よ?」
「無理やり系好きだったりするけど?」
長瀬……、おまえもか。
「じゃあ、唇に……」
と、顔が近づいて来たので流石に身を捩って逃げる。
「おま……、調子にのんなこのエロ教師!」
俺は長瀬の顔に枕を投げつけたが、ひょいと避けられ枕を取られた。
「どうして?次もそこ開けといてやるよ?」
「キスは誰とでもしない」
キスのひとつやふたつ本当は別にいいのだが、静月とのキスほど心が躍らないだろうとは思うし、何故か今の俺は誰とでもキスとかしたくなくて、何より誰にでも触手が伸びない……、あんな身体の芯まで蕩けさすキスを味わったら、他の対象に興味が薄れてきた……、勿論こんなことは初めてだ。
口では否定して奔放な発言で自分を取り繕っても、自然の法則で時期が来たら蕾が花開くように、静月に会うとあっさり身体を許してしまうとか……、ああ……女子かよ俺!
表現が女々しくて嫌になる。
「おや?もしかして好きな奴ができたとか?」
「うん、できた……でも速攻失恋したけど……」
そう素直に答えると、長瀬が驚いた顔をした。
「おやまあ可愛そうに……、で相手は男?女?」
以前なら堂々と『女子だ!』って言えたものが、まさか男だとは言いにくかった。
「長瀬には関係ないだろ?」
「なくも無いんじゃないか?」
「なんで?」
「お前悩んでるだろ?相手が男だから」
ぐっ……、バレてら……。
「本来お前は能天気な奴だし、何時も自由気ままに笑って遊んで授業サボッて、元々悩みとか無いだろお前?」
「うっせーよ!」
なにそのイメージ、まるでバカじゃねーか!
まあ……学年ビリ這ってますけど……。
「なんなら相談にのるよ?相手は静月か?」
「ちげーよっ!」
「なるほど、そういう事か」
否定が早過ぎた為か、確信したように長瀬はニヤついた顔で俺を見下ろしている……クソっ。
それになんで分かるんだよ……、俺は頬が熱くなるのを隠すように長瀬に背を向ける。
だけど一つ気がかりなことがあって、俺はそれをどうしても聞きたくて、再び寝返りを打って長瀬の方へと向き直した。
「なあ……、その……」
「ん?」
「……ゲイの奴らって、誰とでもヤるのか?不特定多数とか……?」
「そうだなぁ……確かに所謂、男女の関係とはちょっと違う輩もいるよ。ウケの子とかは特に前立腺の気持ち良さに目覚めちゃって、前立腺……わかるだろ?」
「……うん」
ちょっと恥ずかしかったけど、ここは素直に返事した。
もうバレバレだよな……クソッ。
「誰でもいいからエッチしたいって奴は多いよな。タチもまあ普通の男と同じでヤれるんなら誰とでもっていうのは確かにある。男は妊娠の心配もないし、相手をとっかえひっかえで縛られたくないタチは多いかもな」
「長瀬も?」
「俺か?そうだなぁ……、可愛い子見つけてしたい時にセックスして、飽きたらまた別の子とセックスしたりとか?」
「やっぱ最低だなおまえ……」
俺は目の前で悪ぶらない教師を呆れた目で見た。
「じゃあ、瑛斗とは遊びなのかよ?」
その時、一瞬だが長瀬の表情が真面目な顔になったような気がした。
「瑛斗とは……、彼奴が子供の頃から知ってるんだよな」
今も十分子供だとは思うが……。
「え!長瀬ヲタ?」
「違うわ、ただ昔からの付き合いってこと!」
何故だか長瀬は昔を懐かしむような遠い目をした。
昔、何かあったなコレ……ちょっと興味が湧いた。
「だから何?」
「お前、食い下がるね」
「ヲタ変態教師と美少年……小説ができそうじゃね?」
そう言って俺が笑うと、拳骨が落ちて来た。
「茶化すんじゃない」
「痛ってーっ」
「静月は学年一のモテ男だ、噂通りなら何人もと付き合ってても不思議ではないな。お前も似たようなものだろ?まあお互いがそれ前提で付き合うというのならいいだろうけど、本気になったら苦しいかもな」
”本気になったら苦しい……”言われなくてもわかってら……、正に今の状態がそれ。
「まさか本気になったとか?お前ノンケだったよな?」
「うるせぇ、ほっとけ!」
「ノンケを虜にするとか、彼奴も大した奴だな」
マジで感心してやがる……。
「違うってんだろ、まじウザいわ」
俺は顔を背けて話を打ち切る振りをした。
「セックスしたくなったら何時でも電話してこい、相手してやるぞ?」
「マジで最低だなおまえ」
俺がそう呟くと、後で長瀬がケラケラと笑う声がした。
どこまで本気だか冗談かわからない長瀬の本音が、どこにあるのかも今の俺には理解できなかった。
「しかしお前……、キスマークつけ過ぎだろ」
「え!?」
長瀬が見てみろと言わんばかりに、小さな手鏡を俺に寄越した。
見てみるとシャツの上からもはっきり見て取れる赤いキスマークが無数に散らばっている。
うぎゃ!
あれほどつけるなと言ったのにあの野郎……。
「愛されてるねお前」
腕組みした長瀬が、ニヤニヤと含み笑いをしながら俺を見下ろしていた。
「そんなんじゃねーわ!」
うん、違う。
単なる傲慢な彼奴の所有欲で、他の奴をけん制してるだけなのだ。
特に将生を……。
決して”愛”とかじゃない……、単に縛り付けときたいだけの暴君だ……。
長瀬はそれ以上何も言わなかったが、背後でクスリと笑う声がした。
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