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第33話
「私達教師には何百人居るうちの1人の生徒だけど、生徒にとっては教師は1人だからね。本人が迷ったり悩んだりした時には一緒に考える教師になりたいし、若いお前達には解らない事を勉強以外にも教えるのが私達の仕事だと思ってる」
「だから、龍臣に大学を進めた訳?」
「海堂に限らずだけどね。まあ、海堂の場合は特殊だし、これから厳しい世界にどんどんなっていくのは解り切ってる事だ。今の海堂が社会人になったとしてもその世界ではいずれどん詰まりになる。それなら大学に行ける環境なら、4年間充分に視野を広げ色んな人に会い知識も高めてからでも遅くないと思った。これから何十年も生きていく内の経った4年間だ。その間に、世間も変化すると思う。それと海堂の厳しい世界の事を考えると、4年間でも自由な時間で普通の生活をさせたかったのかもな。海堂には話すなよ」
「そうか」
芳村の話しを聞いて、俺はちょっと感動してそれしか言えなかった。
「それとな。この学校赴任前、公立の学校に実習行った時に家庭の経済的な事や色んな事情で大学進学したくとも出来ない子達を見てたからな。大学進学出来るならした方が良いって私は思ってる。桐生みたいに明確な将来の夢がなくとも、大学で何か見つける時間があるしな」
「そうだな」
クスクスクス…芳村が突然に目が垂れ笑い出した。
「何?」
「いや、桐生にこんなに語って…何だかおかしくなった。桐生って不思議だよな。あまり余計な事言わないが聞き上手なんだな。将来店を持ちたいって言ってたけど、案外、客商売向いてるんじゃないか?」
初めてそんな事を言われた。
大概の奴が無口な俺には向いて無いって言われてたからだ。
「そうか、そんな事初めて言われた。あ~、あいつら等々、へばってんなぁ~」
照れ臭くって話を逸らした。
「後、2周位か?桐生、ここで見張っててくれ」
そう言って校舎に戻って行った芳村の後ろ姿を見て、本質を見抜く芳村の目や正直な心と裏表無い性格に龍臣は惚れたんだろうと思った。
龍臣の奴、見る目あるな。
けど……可哀想に、芳村には1生徒としか見られて無さそうだ。
どう攻略していくのか?前途多難だな。
今度は息切らしながらヘロヘロ…に走る2人を見て、芳村との会話でそう感じた。
暫くすると、少しだけ息が荒い芳村が戻って来た。
「間に合ったか~。海堂達が来たら、これ飲ませてやれ。少し休んだら帰って良いからな。体力が有り余ってんなら、また走らせるか?そうすれば、さぼる事も無くなるだろうからな。じゃあ、気を付けて帰れよ」
3本のスポーツドリンクを置いて、校舎に戻って行った。
さぼって何してたか、バレバレじゃねぇ~かよ。
伊達(だて)に、男子校の教師やってねぇ~な。
スポーツドリンク3本を見て ‘飴と鞭か⁉︎' 芳村の優しさが伝わる。
もし……芳村が龍臣の者になっても、手の平で転がされるか?尻に敷かれそうだな。
芳村が龍臣となんて…あり得ないが、万が一そうなった時の未来が予想出来た。
あの龍臣が尻に敷かれるのも……面白いかもな。
1人想像して笑ってると、息を切らし肩で息し汗だくの2人がヘロヘロ…になって側に寄って来た。
「はぁはぁはぁ…何、笑ってんだ…はぁはぁ」
「はぁはぁ…いい気なもんだよな…はぁはぁはぁ」
ドサッと地べたに座り、息を整える2人にスポーツドリンクを手渡した。
「はぁはぁ…気が効くじゃん…はぁはぁはぁ」
「はぁはぁはぁ…助かった~~…はぁはぁはぁ」
「俺からじゃねぇ~よ。芳村からだ」
「はぁはぁ芳村?…はぁはぁ…その芳村は?はぁはぁはぁ」
「もう校舎戻った。それ飲んで休んだら帰って良いってさ。また、さぼったりしたら走らせるとか言ってなぁ~」
ゴクゴクゴク…ゴクゴク…
「ふう~生き返る~。芳村の奴、鬼だな鬼‼︎ 今日、わざわざ走らせなくても良いだろうが。体育祭終わった後にわざと走らせるなんて、鬼だっつーの!」
「バカだなぁ~伊織。体育祭の後だから敢えて走らせたんだよ。体力バカの2人には、普通に走らせても罰に何ねぇ~だろうが」
「鬼~~。鬼教師~~!」
喚く伊織と芳村から貰ったスポーツドリンクを大事に飲む龍臣と対象的だ。
「なあ、祐一はずっと芳村と2人で何話してたんだ?」
「気になるのか?妬きもち?」
龍臣を揶揄うと、汗だくの顔でそっぽ向いて話す。
「別に、ただ祐一って俺達以外には無口だからな。芳村どうしたかな?って」
俺の事より芳村が居ずらかったんじゃないか?と心配してるようだ。
「いや、まあ普通に話してた」
それから俺は芳村とここで話した事を、龍臣と伊織に話して聞かせた。
「龍臣には話すなって言ってたけど ‘海堂の厳しい世界の事を考えると、4年間でも自由な時間で普通の生活をさせたかった’ と言ってた。今のお前の進路だけじゃなく長い人生の事を考えてくれてた。ちょっと感動したな」
俺が話すと、考え深い様子の2人に夕日が差した。
汗だくの2人の体がオレンジ色に染まり綺麗な光景だった。
「そうか、芳村そんな事話してたのか」
「俺達、良い担任持ったな」
2人がそう話すのを俺は頷いて応えた。
夕日を3人で眺め、少し経ってから俺達は鞄を持って歩き出した。
2人はヘロヘロ…で、俺の肩を組んで歩くから歩き辛い。
寮の龍臣と分かれるまでそんな感じで歩く、そんな俺達を芳村が笑顔で教務室から見てたとは思いもしなかった。
龍臣が空のペットボトルを大事に鞄に仕舞ってた。
たぶん、芳村から貰ったからだろう。
へえ~そう言う所があるんだって、龍臣の素顔に触れたような気がした。
後に、龍臣の寮の部屋に入った時に、このペットボトルの中にビー玉みたいな青系のガラス玉を入れて部屋のオブジェとして飾ってあった。
伊織は気付かなかったみたいだが、俺は気が付いたが何も言わずに居た。
龍臣の芳村への気持ちが本気だと思った瞬間だった。
そして俺達3人と芳村とで撮った体育祭の写真も無造作に壁に飾ってあった。
体育祭終わった後のグランド10周はやはりキツかった。
それでも祐一が話してくれた芳村の話は俺の心に響き感動すら覚えた。
やはり俺が惚れただけの事はある。
伊織達と分かれ、俺は寮に帰りシャワーを浴びて飯も食べずに疲れ果てベットで熟睡してた。
夜中にコンコン…と静かにドアをノックされたような気がしたが、疲れきった体ではそんな気も起きず無視し、また眠りに就いた。
芳村のあの目が垂れ優しそうに笑ってる夢でもみよう。
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