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第77話

「ただいま」 長い廊下をバタバタ…行儀悪く走ってくるのは、母さんだった。 「お帰り~。大学合格おめでとう! まさか、受かるとはね。良く頑張ったわ、今日はお祝いよ! 赤飯と鯛のお頭付きと他にもご馳走たくさん作ったからね。あの人も喜んでたわ」 余程嬉しいんだろうな、良く喋る母さんの顔は本当に嬉しそうだ。 「お祝いは嬉しいが、先週話した通り入学書類の手続きする為に、書類やんねぇ~と」 「解ってるわよ。明日、やりましょう。今日は、パァ~とお祝いしましょう。さあ、入って.入って」 「ああ」 俺は合格発表があった夜に家に電話し、合格した事を話した。 電話口の母さんは「本当に合格したのね?本当ね。良く頑張ったわね。来週お祝いしたいから、週末に家に帰って来なさいね」喜んで話してるうちに、涙声になってたのも電話口から解った。 そして親父に代わった時に「頑張ったな。合格させて貰ったんだから、良く学び学生生活を楽しめ‼︎」と言うが、親父も喜んでたのが声で解る。 2人共、大学合格は半信半疑か.または奇跡だと思ってるだろう…実際、俺もそんな感じだ。 「来週は帰る。その時に、入学書類も目を通して貰って色々書いて貰うから」 母さんも親父も俺も、それでやっと実感出来るんだろうなと思った。 そして土曜日の夕方に俺は書類を持って、家に帰って来たわけだ。 何部屋もある屋敷の中で、親父が居る居間に母さんと一緒に向かった。 親父は新聞を読んでたが、俺の顔を見て微かに笑った 「ただいま」 「お帰り。良く頑張ったな。母さんが先週から煩くってな。今日も、朝からバタバタ…としてた。余程嬉しかったんだろうな」 「あら?あなたも喜んでたじゃないの。携帯で、大学の事調べたり学校の近くにマンションでも買ってやるか?なんて言ったの誰だったかしら~」 「そんな事言ったか?覚えてらん!」 「んもう、照れ屋なんだから」 極道の親分の親父も母さんには頭が上がらないようだ 「俺、部屋で休むからな。夕飯になったら呼んで。で、明日、書類宜しくな。早く手続きしたいし金の方も宜しく」 「はい.はい」 俺はなんだか2人共喜んでるのが嬉しかったが、照れ臭くなり部屋に逃げた。 その日は家族も若い衆達も皆んなで祝ってくれた。 極道と世間では非難されるが、親父が作り上げた海堂組は時には上下関係にも厳しく、時には家族のようでもある……皆んな親父を慕ってるのが解る。 思春期だった中学の頃は、学校でも世間からも白い目で見られる事もあり色々反抗もしてたが……今の学校で伊織や祐一……芳村と出会って、俺もだいぶ変わった。 学校.友達.家族.自分の置かれた環境で、色々考えが変わった。 俺の大学合格をこんなに喜んでくれる人達が居る事に感謝した。 その日は皆んな大喜びで賑やかな宴会となった。 次の日には、母さんと書類を作成した。 母さんは「結構、色々書く事があるのね」と言いながらも嬉しそうだった。 そして書類もでき夕飯を食べて帰れと言うので、有り難く頂いた。 「じゃあ、そろそろ帰る。あと1週間もすれば冬休みだし」 「解ったわ。冬休みも帰って来なさいよ。あっ!ちょっと待ってて」 奥の部屋に戻り、何かを手にして来た。 「これ、つまらない物だけど先生に渡して」 ゲッ! そんな事しなくったって~。 まさか…箱の中って現金とかじゃね~よな? 時代劇とかドラマなんかでよく見るが……謝礼?……んなわけねーか?今の時代に。 「何?別に、そんな事する奴居ねぇ~よ」 「お菓子よ。良いから.良いから。私達のお礼も兼ねた気持ちよ。持って行きなさい。くれぐれもお礼言ってたって言ってね」 仕方ねぇ~な。 ここで突っぱねても……折角、母さんが用意してくれたし……持ってくか。 「解った。他の奴らに見つからない時に渡す」 「それで良いから。じゃあ、気を付けてね」 「ああ」 屋敷を出て駅まで歩く。 いつ渡すかなぁ~。 明日の昼休み? でもなぁ~、学校にこんな箱持ってったら目立つし……。 それに……芳村に24日の事を言ってから、俺はここ2週間程教務室には行って無かった。 行きたいのは山々だが……直接断られると思い行くのを止めてる。 芳村は考えてるのか.悩んでるのか音沙汰無かったが、今週になって何度か電話が掛かって来たが、俺はわざと出なかった。 留守電に切り替わると「……海堂、居ないのか?……やはり他の日じゃ…だめか?連絡待ってる」とか「……24日は、行けない」「他の日にしてほしい」と、3度程留守電に入ってた。 俺はその度にわざと、芳村が寝てる夜中や朝方に「24日、江ノ島駅11時に待ってる。来るまで待ってる」と留守電に入れた。 学校でも俺に話し掛けたそうだが、俺は敢えて顔を合わせないようにしてたし、必ず俺の周りには伊織や祐一が居る事もあって話し掛けられないようだった。 かと言って、プライベートな事で呼び出す事も出来ずに躊躇ってるのが解る。 そこが芳村らしいと思った。 状況としては、そんな感じの今……いつ渡そう? 渡さないって言う手もあるが……それだと母さん達の気持ちを踏みにじる気がした。 あんなに喜んでるし……。 電車に乗りながら考え、俺は途中で降りた。 そして芳村の部屋の前に居た。 これだけ渡して直ぐに帰ろう。 長居すると、また24日の話しになって断られるだろうし……平行線だ。 良し! 意を決してチャイムを鳴らした。 居なかったら玄関のドアノブにぶら下げて帰ろうと思った……最初から、そうすれば良かったのかも知れないが……芳村の顔を見たいって言う気持ちもあった。 ピンポン♪…ピンポン♪… 何度めかのチャイムの後に「はい、どなた?」 芳村の声がした。 「俺!」 直ぐに、ドアが開いて驚いた顔をした。 「ど、どうした?何で?」 そんなに驚く事か? まあ、いきなり来たからなぁ~。 「昨日から実家に帰ってた。大学合格の報告を兼ねて入学書類も書いて貰って来た所」 ノブを手にし玄関ドアが半分開いた状態で 「……そうか。それで?」 何だか、芳村の態度がよそよそしいのは気のせいか? 「ああ、帰ろうと思ったら、母さんがこれ芳村にってお菓子らしい。色々世話になったからお礼だとさ」 渡そうとすると芳村は首を横に振り 「受け取れないよ。私は担任として当たり前の事をしたまでだ。頑張ったのは、海堂だ」 「いや、母さん達の気持ちだから」 そんな事を玄関先でしてると、奥の方から声がした。 「優希さん? どなた?」 姿は見えなかったが、女の声?……彼女の声だとピンッ!ときた。 「ああ、ごめん。生徒がわざわざ来てくれて」 リビングに居る彼女に向けて返答した芳村の顔を掴み、彼女の存在に…カッとなった俺は強引に唇を合わせた。 「んぐ…か…」 舌を直ぐにねじ込み何度か絡めて直ぐに離し、芳村の耳元で「24日必ず来い! 来るまで待ってるからな」と囁き、ぶら下げてた紙袋を芳村に押し付け、そのまま走り去った。 何だよ~くそぉ~。 芳村のヤロ~。 彼女と一緒だった! 腹の中が嫉妬でムカムカ…モヤモヤ…したまま……芳村にも腹が立った。 俺は寮に帰ってムシャクシャしてた事もあり、何となく目で誘い着いて来た奴とガンガンにセックスをし憂さ晴らしした。 そうでもしねーとイライラ…が治らなかった。 今日、彼女と一緒だった芳村はやはり24日は……来ないかも知れない? 俺は弱気になりそうな自分を奮い立たせ 「必ず来る‼︎ ずっと待つ‼︎」 隣でセックスの疲れで微睡んでる奴が居るにも関わらず、独り言を呟いた。 自分で仕掛けた賭けには…俺は必ず勝つ‼︎

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