94 / 141

第94話

それから会えない時には、芳村が帰ってる時間を見計らい電話をする日々だった。 特に話す事はなかったが、その日あった事や何をしてたとかたわいない話をするのも俺は楽しかった。 芳村は笑って聞いてくれたし、芳村の方も学校での事を話してくれた。 学校に行ってもやる事はあるようで、レポート提出やら図書室の本の整理や補強修理したり、これからの一般受験に向けての対策やらと忙しそうだった。 俺が年末年始を過ごしたいと言う話しの返事はなかなか貰えてなかったが、俺は忙しそうな芳村に催促も出来ずに居たが、今は遠慮なく好きな時に芳村に電話できる事に喜びを感じてた。 殆ど毎日の様に電話する事が俺の楽しみでもあった。 芳村との事が上手くいき始めると、俺の心の中にも穏やかな余裕みたいなものが生まれた。 いつもの長期休暇なら特にする事もないからと、日中ゴロゴロして夜に若い衆と飲みに行くか親父に内緒でキャバ嬢のお姉様方とセックスして過ごして居たが、今回は芳村との夜の電話が楽しみで、そう言う事は一切してないって言うかスル気も起きない。 部屋でゴロゴロしたりゲームしたりとダラダラ…過ごしてた。 腹が減った、何かないか? 部屋からキッチンに向かう為に屋敷の廊下を歩いてると、広めの庭で尊が1人でボールで遊んでた。 いつもなら見て見ぬ振りして、そのまま歩いて行く所だが……今の俺は自分が幸せな事もあり気まぐれで尊に話し掛けた。 「何やってんの?」 普段声を掛ける事もない俺から声を掛けられ驚いた顔をしてた。 「えっと…あの…ボールで遊んでた」 「1人で?」 「う…ん。皆んな忙しい…から」 俺が尊位の時には親父も母さんも忙しそうだったが、その分若い衆が俺と一緒に遊んでくれたし俺も遊んでくれ!と言って遊んでくれる人を探し回ったもんだが……。 「若い衆に遊んで貰わないのか?」 「……うん」 俺の子にしては大人しい……と思った。 親父も母さんも年を取ってるし……子供心に何か感じてる所があるのかもな。 親父も母さんも尊の事は可愛いがって居るのは知ってる……戸籍上は子になってるが、実際は孫だし可愛いに決まってる。 本来なら、幼稚園に行っても良い年齢だが俺もそうだったが、小学校入る歳までは家で過ごしてた。 大人の中で生活するのは、俺にとっては当たり前で後継と言う事もあり、皆んな結構構ってくれたが尊の立場は微妙か?回りの大人もどう接して良いのか?解らないのかもな。 だから、いつも1人で過ごしてるのか。 何だか不憫に思った。 「ボールよこせ」 俺はそこにあったサンダルを履き庭に出た。 ポンっと投げられたゴムボールを受け取り、軽く投げ返すと上手く取れずに弾く。 慌ててボールを追いかけ手に取り黙る尊に 「ほら、投げ返せ」 俺がそう言うと、尊は嬉しそうな顔をしボールを放った。 ボールを投げっこし取り方と投げ方を教えて1時間位2人で過ごした。 「上手くなったじゃん! 今日はここまでな」 俺が終わりを告げると、尊は楽しそうだった顔からシュンとした顔に変わって、一言小さな声で遠慮がちに言った。 「ま、また…遊んで…」 ずっと誰かと遊んで欲しかったんだろうな。 そう思うとグッとくるものがあった。 「良いぜ、どうせやる事ねぇ~し、遊びたかったら声掛けろ」 自分から声を掛けてくる事を俺は望んだ。 それは俺が寮に戻った後でも他の若い衆に声を掛けられる様にする為だ。 「……う…ん」 自信が無そうな返事に、尊の側に行き屈んで目を見て話した。 「尊、自分から声を掛けないと誰も気付いてくれないぞ! 若い衆だって、尊の事は気に掛けてるんだ……ただ、尊が大人しく1人遊びが好きなのか?と思ってると思うぜ。大人だし、確かに忙しい時もあるかもしんねぇ~けど、そん時はまた後で言えば良いだけだ。遊びたい! これ欲しい!とか、多少の我儘や色々尊の思ってる事を言って良いんだ! その方が回りも尊の考えてる事が解って動きやすいんだからな」 尊にしてみれば難しい事かも知れないが、少しずつでも自分の意見を言える人間になって欲しいと思った。 それは親だと自覚した訳ではなく1人の人間として言った。 ここまで親らしい事は一切せずに親父達におんぶに抱っこで、本当は言えた義理じゃない事は充分に解ってたが、1人で居る尊を見て不憫で言わずに居られなかった。 小さな尊には解ったのかどうか俺には解らないが、尊から予想外な事を言われた。 「う…ん。………もう少し…遊んで」 ここで邪険にすれば、尊は今後自分から言えなくなってしまう。 もしかして…俺で実験してる? 「良いぜ。でも、俺腹減ったから何か食べてからにしようぜ。尊も何か食べる?」 断られなかった事に、本当に嬉しそうな顔をして元気良く返事が返ってきた。 「うん! 僕もお腹空いた!」 「キッチンに何かあるかもしんねぇ~し、無かったら何かコンビニに買いに行くか?」 「僕、お外行きたい!」 「良し! 行くか」 尊の頭を撫で、俺は立ち上がり一旦部屋に戻り金を持って尊と一緒に近くのコンビニに歩いて行った。 それからは尊も少しずつだが変わりつつあった。 俺の部屋に来て一緒にゲームしたり庭でボール遊びしたりと自分から誘ってくる様になった。 俺達が庭で遊んでると若い衆も声を掛けてきて、少しの時間でも尊と遊ぶようになり尊も嬉しそうだ。 そんな尊との関係も少しずつだが良い方向に向かってた。 自分が幸せだと人にも優しくなれるんだな。 これも芳村のお陰だな。

ともだちにシェアしよう!