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第114話

ガラガラガラ…… 「芳村~」 机に向かって何か書いてる芳村がペンを止め顔を上げ俺を見た。 「……海堂」 「何してんの?」 「提出書類だ……何か用か?」 ‘何か用か?’ それは恋人に言う台詞か? まだ教師モード? 学校だから当たり前か。 「用って言うか…明日、芳村の部屋に行って良いか?」 芳村の肩がピクッと動いた気がした。 ……やはり、おかしい⁉︎ 暫くの沈黙の後に、芳村の口から出た言葉は俺に衝撃と狼狽を齎(もた)らした。 「……海堂………無かった事にしてくれ」 無かった事⁉︎ 俺達の関係を……‼︎ 目を見開き驚き…そして狼狽え……た。 体が硬直し血の気が引き頭が一瞬真っ白になり、何を言われてるのか?どう言う意味か解らず、いや、理解するのが怖かった! そしてやっと震える手を動かし握り締め話す。 「……どう言う意味?訳を言ってくれ」 芳村が俺から顔を背けて目を合わせない。 その行動は芳村らしくなかった。 「……教師と生徒に…」 教師と生徒と言う立場に戻りたいって事か? そんなの解った上で納得済みで恋人になったんじゃねーのか?  男同士とか教師とか歳上だとか散々考えて、それでも俺の事を好きだから、俺と恋人になったんだろ⁉︎ 芳村もそう言ってた! 違う理由があるはずだ‼︎ 「はっ! 何それ⁉︎ 今更、そんな事言う?何か他に理由があるんだろ! 本当の事話せよ‼︎」 怒りもあるが、それ以上に悲しさと悔しさで力が入りギュッと手を握り締め耐えた。 「……結婚……しようかと考えて…る」 結婚⁉︎ 予想外のフレーズに頭が回らない。 はあ?結婚って誰と? ……まさか…だよな⁉︎ そんなわけ無い‼︎ 芳村に限って⁉︎ 今度は一気に、頭に疑問が浮かんだ。 「結婚って‼︎ 何だよ、それ‼︎ 彼女と別れたんじゃね~のかよ~‼︎ 俺を選んだんじゃねぇ~のか⁉︎ どうなんだよ‼︎ 芳村‼︎」 「…………」 黙ったまま頭を横に振り、それはどう言う意味なのか解らない。 何だよ、それ‼︎ 俺の質問に答えてねぇ~じゃん‼︎ 「黙ってちゃ解んねぇ~だろーが‼︎ どう何だよ‼︎」 今度は怒りで握ってた手が震えてる。 俺は俯いてる芳村を睨みつけ問いただす。 「……すまない……忘れてくれ……無かった事にして欲しい」 それが返事か⁉︎ 訳が解らないまま俺は怒鳴った‼︎ 「彼女とは別れて無い‼︎ 二股掛けてたって事か⁉︎ 忘れてくれ⁉︎ 無かった事にして欲しい‼︎ 何だよ、それ‼︎ 俺を好きじゃなかったのかよ‼︎ それも嘘なのか?芳村を好きな俺に同情した?そんで、束の間でも夢を見させたって事か⁉︎ どうなんだよ⁉︎」 嘘だろ? 嘘って言ってくれ‼︎ 今なら、まだ冗談で見過ごせる。 俯き頭を横に振る芳村をキツく睨む。 「…何と言われても弁解の余地が無い………帰省して……親から結婚の話しをされ……安心させてやりたい……すまない」 親から⁉︎ ……男同士では…結婚もできない。 親を出されたら俺も何も言えなくなる……が、それでも納得出来ない‼︎ 俺は……そのくらい芳村が好きなんだ‼︎ 「俺は……そんなの納得しね~からな‼︎ 俺は芳村が好きだって何度も言ったよなぁ‼︎ 俺がどれだけ本気だったか?知ってるはずだ‼︎ それなのに……絶対‼︎ 俺は別れないからな‼︎」 もうここに居るのは限界がきてた。 もっと酷い言葉で芳村に攻め寄ってしまう。 俺はそのまま踵を返して教務室を出て廊下を走った。 バタンッ‼︎ 「………かぃ」 ガタッ! 椅子から立ち上がり呼び止めようとしたが、逃げる様に出て行く後ろ姿を黙って見送るしか無かった。 呼び止めても……何も言えない……その権利は私には無い‼︎ 傷つけてしまった。 凄い形相で睨む目……そして…辛そうな顔が垣間見えた。 2股……そう思って貰った方が……私を憎んでくれた方が……諦めてくれるだろう。 私はどう思われても構わない。 全ては、海堂の為……だ。 帰省してから散々悩み考えた末に自分で決めた事だ。 どんな仕打ちも報いも受けるつもりだ。 全ては、海堂の為に……。 ドサッ! 椅子に腰掛け机に肘を着き頭を抱えた。 海堂を傷つけてしまった……後悔の念で胸が張り裂けそうだった。 もっと言い方があったんじゃないか? 海堂……すまない‼︎ これも……お前の為だ。 いずれ何年か先に、これでよ良かったと思う時が来る。 涙が机の上にポタ…ポタ…落ちた。 ごめん……海堂……。 ……好きだ。 それは本当の事だが……もう本人には2度と言えない。 「海堂……好き」 小さく呟き、もう言葉に出す事がない台詞に涙が溢れた。

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