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第4話 森の護り

 はじめに在ったのはどこまでも続く闇の広がりであった。ほかに何も在りようがなかったからである。  闇の広がりには時もなく、ただ在るのみであった。闇のただなかに神があらわれでたときも、闇はただ在るのみであった。  神は闇の胎をかき回し、濃淡を生んだ。闇の濃淡はとぐろを巻き、輪郭を大きくしたが、ほかには何もいなかった。  闇の濃淡より光の双子が生まれたのは、たまさかのことであった。闇のとぐろの中心でふたつの珠が光ったのである。闇をかき回していた神は好奇心のままに珠をひろった。てのひらで転がし、ぶつけて遊んだ。そのころの神は幼い子のようだったからである。  ぶつかりあったふたつの珠にひびが入り、粉々に砕け散ったとき、時の流れが動き出した。ひとつの珠の欠片から、空と大地が生まれた。もうひとつの珠の欠片から、空と大地に生きる存在が生まれた。神はそれらの生き物をとって、王国をつくられた。  神が空と大地と生き物たちにかまけているあいだ、闇の濃淡は変わらぬ姿でいた。空と大地の影でとぐろを巻いていたのである。いつしか幼子から若者になった神は王国に森を育てていた。巨木の梢をのばし、大地にしかと根を張らせた。季節はいつも夏であった。  闇は空と大地の影から神と、神が手づからいつくしむ様々な生き物をみた。つぎにみずからをみやって、そこに濃淡しか存在しないことに愕然とした。闇は影より大地へ染み出し、神のかたちの影となってその足元へはりついた。  神は闇に気がついて、このようにたずねた。 「闇よ。私の足元で何をしているのか」 「神よ。私は欲しい」 「闇よ。何を求めているのか、いいなさい」 「あなたの手が欲しい」  神はしばらく闇の胎に触れていなかったことを思い出し、かがんで闇に触れようとした。しかし、神の手が触れたのは大地であった。神の足元で影となった闇に、神の手は触れることができなかった。  神はふたたび闇にたずねた。 「闇よ。おまえはどこにいる」 「あなたの立つ大地の影に」  神はふたたび闇に触れようとしたが、その手は闇を透かし、大地に触れるのみであった。 「おや、どうしたものか」  神はそういって三度試みたが、やがて空と大地の間では、影となった闇に触れられないのを悟った。そこで神は闇に告げた。 「闇よ。空と大地の影のあわいに、おまえと出逢うための宮殿をこしらえよう。私は時々そこへ行き、おまえに触れることにしよう」  こうして神は闇のために宮殿を建て、その入口を森に隠した。そのころ、空と大地の生き物はすべて夜になれば眠りについた。生き物たちが寝静まると神は闇を訪れ、闇を慰めた。数多くの生き物で賑わう空や大地とちがい、闇にはおのれしか存在しなかったからである。  しかしながら空と大地に棲まう生き物はおのずから殖え、神はますますそれらに魅せられて、闇の待つ宮殿から疎遠になった。毎夜の訪いが、新月と満月の夜になり、やがては新月から遅れた鎌の月の夜になり。  そしていつしか、神の姿は見えなくなった。  大地に冬が訪れるようになったのはそのあとのことである。闇の宮殿から影が染み出し、空と大地の生き物を侵食するようになったのも。  神の姿が見えない今、大地を統べるのは人間となった。鎌の月の夜、選ばれた者が神に変わって闇の宮殿を訪れる。不完全な人間の眼に闇の濃淡は見通せない。宮殿はいまや迷宮と呼ばれ、地上へ染み出す闇の影は悪しきものとして忌み嫌われた。  このようにいいつたえられている。  一度迷宮から戻る者は勇者である。二度迷宮から戻る者は英雄である。三度迷宮から戻る者は王である。

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