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第3話
将来の仕事か――。
俺は将来グラフィックデザイナーになりたくて、今、美大のデザイン学科に通っている。
小さい頃から絵を描いたり、何か作ったりすることに興味を持っていた俺は、小学生時代には、好きなお菓子のパッケージやポスターを自分なりに考えて描いたりしていた。それが楽しくてしょうがなかった俺は、みんながやっているゲームも知らなくて話題に乗れないこともあった。
中学生の頃は写真を撮るのも好きだった。
小さい頃から母親が居なかったこともあって、1人で過ごすことも多く、絵を描いたり物を作ったりして自分なりに時間をつぶしていたのだ。
それを職業にしたいと思い始めたのは、中学を卒業するころで、高校生になると父親に画塾に行きたいとお願いした。
父親に頼みごとをすることなんて滅多になかったので、真剣に夢を語った俺に涙ぐんでいた父親の姿を今も時々思い出す。
俺が晴れて美大に合格すると、父親はすぐにアメリカに転勤になった。本当はもっと前から海外勤務の話があったらしいのだけど、俺が大学生になってからならばということで引き受けたようだ。母親が居ない本当の理由を、小学生の俺にさりげなく話してしまった叔母が、父親の海外転勤の話も教えてくれたのだ。
父親がアメリカに行ってしまってからは、1人で身の回りの事をこなしている。小さいころから家の事は何でもやってきたので、それほど苦労はない。
絵に集中出来るという意味でも、1人暮らしが出来て良かったと思っている――。
とまぁ、それてしまった話を元に戻そう。
俺は普段、大学の課題をやっていたり、バイトで家に居なかったりするので、あまりテレビを見る時間もなかった。音楽は流して聞く程度で、特に好きなジャンルもなかった。
流行のものにはある程度気を付けているつもりだったけれど、バンド系の音楽はノーマークなので、シュンという人のバンドのことも知らずにいた。
「流行りを知っておくべきだとは思っているよ。まぁ、今覚えたからいいじゃん。それにしても、あのシュンって人可愛かったな。好きなタイプだったのに、男だったなんてさ……」
俺がガックリしながらもう一度そう言うと、進藤は俺の肩をパンと叩いてから、笑いだした。
「ホントに残念だったな、たかと君。お前がこんなに熱く語るのも珍しいのにな」
受付で進藤と雑談していると、ホールの中村さんがオーダーのあった商品をキッチンの方から運んできた。中村さんは大学4年生でここのバイトも4年目。既に就職が決まっているので、時間があると頻繁にバイトに入っているらしい。
「あ、これ107なんだけど、進藤君持っていってもらえる? 渡辺君でも良いや」
中村さんは受付カウンターが苦手だからって、主にホールを担当しているはずなんだけど…。
「良いですよ。でも、珍しいですね?」
進藤が飲み物の乗った銀のトレイを受け取りながらそう言った。
「俺、バンド系芸能人ってダメなんだよねー。怖い感じ」
モデルばりにカッコいい中村さんは、見た目からは想像できないようなアニメ&アイドルオタクで、一度テレビ局のイベントでオタ芸を披露している姿を見てしまい、とても驚いたことがあった。
「中村さんは二次元とアイドル系専門ですもんね」
「そこまでじゃないけどさ、あーいう人達って、俺には眩しすぎるんだよ」
中村さんがそう言うと、進藤が「サーベルの衣装とかってアニメの主人公に近くないですか?」って言って笑っていた。
「え、サーベルって、中村さん、もしかしてそれ、シュンさんの居る部屋ですか?」
俺は2人の話を聞きながら、ハッと思ってそう聞いた。
「そうだよ」
中村さんが返事をした時、俺は思うより先に身体が動いていた。
「なぁ、進藤、俺持ってってもいい?」
俺がにじり寄りながらそう言うと、進藤が少し呆れたような顔をして笑った。
「別に良いよ」
進藤がそう言いながら、飲み物の乗ったトレイを俺に向かって差し出した。
「じゃ、渡辺、よろしく」
俺が進藤からトレイを受け取ると、中村さんはホッとしたようにキッチンの方に戻って行った。
「じゃ、行ってくる」
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