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第7話

「ねぇ、君、タカトくん……? だよね、名前」  名前を呼ばれて、心臓がドクンと跳ねた。 「はい!」  俺は小学校で先生に名前を呼ばれた時のような元気な返事をしていた。 「あのさ、俺に1枚描いてくれない?」  シュンが俺の名前を呼んでくれたことだけでもテンションが上がっていたのに、俺に絵を描いて欲しいと言ってくれた。あまりの出来事に、俺の頭はフリーズしてしまったようだ。 「もちろん良いですよ」  すぐに答えたのは、フリーズしていた俺ではなく、進藤だった。 「おい、鷹人、良かったじゃないか! シュンさんの依頼なんて、プロになってからでもなかなかもらえないチャンスだぜ」  パニックに陥ってしまった俺を無視して、進藤はさっさと話をすすめようとしていた。 俺のことなのに勝手に決めるなという思いもあるけれど、自信がない俺は進藤が居なかったら断ってしまっていたのかも知れない――。 「鷹人くん、どうかな?」  返事もせず困った顔をしていたであろう俺に、シュンが探るような視線を向けた。 「え、はい。も、もちろん喜んで描かせて頂きます」  シュンに見つめられて、俺はメチャクチャ焦ってしまった。きっと真っ赤になっているに違いない。耳が熱くて仕方ない。 「鷹人くん、何だかリアクション面白いね」  テンパっている俺をながめながら、シュンがまたクスクス笑った。 面白いと言われ、恥ずかしくなってしまった俺は「はぁ……」と答えるのがやっとだった。  進藤が肩を揺らしながら声を殺して笑っているのがわかった。どうせなら普通に笑ってくれた方が、気が楽だっての……。 「鷹人くんって、何か良いよね。好きだなー」  心臓がドクンとなった。  男同士だから、恋愛系の「好き」ではないとわかっているけれど、メチャメチャ嬉しかった。 「えっと、どういう感じの絵とか何か希望はありますか? 風景とか人物とか」 「君に任せるよ。あ、でも、そうだなぁ、心がホッとするようなのがいいかな」  出来れば具体的に言って欲しかった。だけど、俺はとにかくこの異常な緊張状態から早く抜け出したくて、話を早々に終わらせようと思った。 「わかりました。でも、学校の課題があるから、時間かかるかも知れないですが……」 「俺がちゃんと描かせますから。安心して下さい」  そう言って進藤が俺の頭をポンと押した。 「あのな、進藤……」  進藤はかなり浮かれている。マネージャーにでもなったつもりか? まぁ、進藤が俺の絵を外に引っ張り出してくれたんだから、恩は感じているさ――。  実は、店に飾ってある絵は全部、俺が高校の頃から描きためていたものなのだ。 去年の始めころ、進藤が俺の家に泊まりに来た時、部屋の隅にまとめて置いてあった絵を見つけだして、「このままにしておくのはもったいないから、バイト先に飾らせてもらえるようにしてやる」と言い出した。  その後、どんどん話を進めてくれて、翌週には店の廊下やトイレは俺の絵であふれていたというわけなのだ。  だから、俺の為に言ってくれているのはわかるのだけど……。 「いいよ、いつでも。楽しみにしてる」  シュンがそう言ってニッコリ笑った。 「待っててください。俺、頑張りますから」 「おう、よろしく。じゃ、アドレス教えるから、出来たら連絡くれる? あ、悪用すんなよ」  シュンがポケットからスマホを出しながらそう言った。アドレス聞いちゃっていいんだ? って、連絡とるなら当りまえか。 「わかりました、出来たら連絡します。もちろん、悪用なんてしないから、安心してください」 「大丈夫ですよ。こいつ、シュンさんがサーベルのメンバーだって言っても分からなかったんですから。『シャベルって何?』って聞かれましたよー」  進藤がそう言うとシュンが笑った。 「あははは。シャベルかぁ。よし俺、鷹人くんに認めてもらえるように、もっと頑張るよ」 「あ、いや、すみません。俺、音楽とか疎くて。でも今は、いつも聴いてますから。サーベル」 「ふーん、いつの間に……。そう言えばお前、シュンさんに惚れちゃったんだっけな」  笑いながら進藤が言った。  進藤は良いやつなのか、いやな奴なのか、わからなくなるよ――。 「あのなぁ、そういうんじゃないってば」  俺がそう言って進藤を小突くと、それを見ていたシュンが困ったような笑顔を向けた。 「それじゃ、よろしくね」  アドレス交換をすませると、シュンが受付を離れた。

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