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第8話
翌日から時間があれば、俺はシュンから頼まれていた絵を描いた。学校の課題が行き詰った時の息抜きにもなったので、有意義な時間だったと思う。
そして、3ヶ月かけて描き上げた絵は、俺が初めてシュンと会った時をイメージしたものだ。大きな羽根を広げた天使が、目の前にひざまずいている人物に右手を差し出しているところ。天使の手を取っているのは、バイト先の廊下で転んでしまった俺で、天使はもちろんシュン。
俺にとってシュンは、天使そのものなので、それを素直に表現してみようと思ったのだ。
ただ、これがホッとするような絵なのかどうか聞かれると、首を傾げてしまうかもしれないけれど――。
『大変お待たせいたしました。絵が描きあがりました。いつお渡ししましょうか?』
学校の休み時間にシュン宛てにメールを送り、缶コーヒーを片手にホッと一息をついた。
俺はこんな短い文章を作るのに、3日もかかってしまったのだ。
その日学校が終わると俺は速攻で家に帰り、冷蔵庫に入れてあった缶酎ハイをとりじ出した。
やっと絵を描き終えたし、メールも出したので、肩の荷がやっと下りたような気分だった。
缶をテーブルに置き、その横にノートを並べ、端の方にポケットから出したスマホを置いた。
酎ハイを飲みながら新しく出た課題のテーマを考えていると、テーブルの端からメールの着信音が聞こえた。
確認すると、夜までに来れば早い方だろうと思っていたシュンからのメールが届いていた。
『待ってたよ、ありがとう。今夜、鷹人君の予定がなかったら、飲みに行こう。もちろん奢るよ。絵はその時に受け取る感じで。バイトが入ってるかな?』
飲みに行こう――だって?! いやいや、見間違いじゃないか?
俺は何度もメールを見直した。
「マジか。やった……」
微かに震える手で返信メールを送る。
『今日は予定がないので飲みに行けます。お誘い嬉しいです』
メールを送ると、すぐに返事が来た。
『良かった。じゃ、待ち合わせは、7時半に君のバイト先の前あたり。近くに良い店あるんだ』
『了解です』
あっという間に予定が決まった。全然実感がわかないままだった。
バイト先は家から遠くないので、絵は家に置いておいて、帰り際に取りに来るようにすることにした。飲み屋に持って行って汚したりしたくない。
それから俺は、洋服ダンスを開けて少ない服をながめながら、何を着ていこうかと考えていた。ふと、どんな話をすれば良いかと考えると、ドキドキが止まらなくなってしまった。
着替えをすませておいてから、学校の課題をやっていると、7時10分を知らせるアラームが鳴った。
俺は慌ててスマホや財布をポケットに突っ込むと部屋の電気を消した。絵はキャンバスバッグに入れて、下駄箱のわきに置いておこう。
出かけようと靴を履いていると、居間の電話がなった。放っておこうかと思ったけれど、家の電話にかけてくるなら、親父がばあちゃんかもしれない――。
受話器を耳にあてると、仕事でアメリカに行っている父親の声が聞こえてきた。
「おう、鷹人。元気にしていたか?」
「あぁ。元気だよ。とうさんは?」
「もちろん元気だよ」
親父は相手も確認せずに話し始めた。電話ではいつもこうなのだ。
「何か用? 出来れば手短に。出かける所なんだ」
俺がそう言うと、「はいはいデートか何かだろ?」と呟く声が聞こえて、顔が熱くなるのを感じた。デートではないし――。
「この間の話の続きなんだよ。鷹人は卒業した後どうするか決めたかなと思って。実は父さん、来月から事務所の場所が変わることになってな、父さんも仕事先の近くに引っ越そうかと思っているんだ。それで、もしお前がこっちに来るんだったら、広い所を探そうかと思ってな」
この間の電話で、俺がアメリカで勉強してみようかなと話したことを思い出した。
「ごめん、父さん。やっぱりこっちでもう少し勉強するか、仕事を探すか考えてみようと思っているんだ」
「そうか……」
父は俺が大学に入ってからアメリカで1人暮らしている。海外で1人で居るのは寂しいのかもしれない。でも、今の俺は、日本を離れることを考えられないでいた。
その後、軽くお互いの近況を報告し合ってから電話を切った。
「まずい……」
玄関で靴を履きながら俺は、時計を見て焦っていた。待ち合わせの時間には着けないか……。
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