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第9話

 マンションの階段を駆け下りるとバイト先の店に急いだ。 1つ手前の横断歩道から、シュンが待っているのがわかった。眼鏡をかけて、いつもとは少し違う服装をしているけれどシュンに間違いない。 信号が変わると俺は急いでシュンのそばに駆け寄った。 「すみません、遅くなってしまって」  俺はそう言いながら息を整えた。 「やぁ、鷹人君。良かったよ来てくれて。なんか、待ち合わせって相手が来るかどうかちょっとドキドキするよね」  シュンを不安にさせてしまったんだと思うと、俺は申し訳ない気持ちになった。 「来ないわけ無いじゃないですか! 俺、飲みに誘ってもらえて、すごく嬉しかったんです」 「そう? そんなに喜んでもらえるなんて、俺も誘った甲斐があるな」  シュンがそう言ってニッコリ微笑んだ。その笑顔は俺の心臓を直撃した。初めて会った時と同じように、ヤラレタって感じだ。  俺はしばらくシュンの笑顔に見とれていた。 「どうかした?」 「あ、済みません何でもないです。それで、絵なんですけど、帰る間際に家に取りに行っていいですか? ここから俺の家、近いんで。飲み屋に持ってきて邪魔になったり汚れたりしたらいけないと思って置いてきたんです」 「そう。いいよ、後でのお楽しみだね」 「気に入ってもらえると嬉しいんですけど……。もし、ダメだったら、もう一度描きますから」 「OK。じゃ、とにかく飲みに行こうか」 「はい」  並んで歩くと、シュンが小さい事がよくわかった。厚底の靴を履いているみたいだけど、 それでも俺の肩くらいだ。最初の印象通り、腕の中にぴったりフィットしそうなサイズ感だ。 「ここだよ」    シュンが連れて行ってくれたのは、バイト先よりも俺の家に近かった。少しオシャレな感じの店だけど、緊張しまくるような感じの店じゃなかったので、俺は内心ホッとしていた。 「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」  店に入ると、店長の名札を付けた人が丁寧にシュンに挨拶した。 店長の隣に並んでいた初老の紳士が、シュンと俺を落ち着いた雰囲気の個室に案内してくれた。 「俺、一応有名人なんで、ゆっくり飲みたい時はここに来るんだ。これね、一応変装してるつもり」  シュンがメガネを外しながら言った。大きな瞳がとても綺麗だった。 「そうですよね、シュンさんは芸能人なんですものね」 「うーん。芸能人か……そうだね。あ、そうそう、俺たちは『シャベル』じゃないからな」  シュンが眩しそうに目を瞬きながらそう言った。 『サーベル』を『しゃべる』だなんて、オヤジギャグのようなことを言ってしまったことを後悔している俺だった。 「あー、えっと……済みません。俺、芸能方面とかって、ホント疎くて」  俺が謝ると、シュンがクスクス笑い出した。 「別にいいよ。だから、いいんだ」 「はぁ」  俺にはシュンの言っている意味がよく分からなかった。 「時々さ、俺のファンだからって、しつこく追いかけてくる人とか居るんだけど、そういうのってちょっと困るんだ。応援してくれてる人だから、あんまり邪険にもできないしね。それとか、ちょっと話しただけで、すぐLINE交換しようとか、どっかからアドレス聞いて、勝手にメール送ってきたりとかね、たまにいるんだ。でもさ、鷹人君って全然そんなんじゃないからいい。アドレス教えたのに、絵が出来るまで1回もメール送ってこないしね」  話の感じから褒められているんだろうとは思うものの、もしかしたらメールした方が良かったんだろうか? どっちが正解なのか、俺にはよくわからなかった。 「えっと――普段から用事ないと殆どメールしないので……なんか、すみません」 「謝らないでよ。そういう所が良いって言ってるんだから」  シュンが少し困ったように笑った。 「そうなんですか? ありがとうございます……」  シュンは俺の事良いやつだと思ってくれているようだけど……、俺がシュンに対して抱いている思いが限りなく恋に近いっていうことを知ったら、シュンはどう思うんだろう?  こんな風に近くに居られるようになったら、俺の気持ちはもっと暴走してしまいそうだ――。  って、一体何を考えてるんだ? 暴走って……。俺はシュンとどうなりたいと思っているんだよ?  まだ飲んでもないのに、妙なことを考えてしまっている自分に大いに戸惑っていた。

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