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第11話
もっとシュンと一緒に歩いていたいと思ったたけれど、あっという間に、俺の家についてしまった。バイトの時は、もっと近くだったら良いのにと思う道のりなのに、シュンと一緒だと近すぎると感じてしまった。
「ここの5階なんです」
俺が住んでいるのは、小学生の頃から父親と一緒に住んでいるマンション。賑やかな街からさほど遠くないこの場所は、どこに出かけるにもかなり便利な所だ。
親父が海外転勤になってから、1人暮らしには広すぎると思っていたけれど、今では画材などが増えて、父親の部屋もすっかり倉庫代わりになっている。
エレベーターで5階まで上がり、シュンを俺の部屋の前まで案内した。俺はさっきまでとはまた違う妙な緊張感にさいなまれていた。
「すぐ持ってきますから」
俺がドアの鍵を開けて、下駄箱の前に置いておいたキャンバスバッグ取ろうとしていると、
「コーヒーでも飲ませてよ」
背中の方からシュンの声が聞こえた。その声にドキッとしたのは、突然の事だからだったからだと思いたかった。
「あ、えっと……良いですけど、部屋、散らかってますよ」
振り向いて曖昧な笑顔を向けると、シュンがまた俺の大好きな笑顔を見せた。
「良いって、気にしないから。ちょっと酔いをさましたいし、絵もゆっくり見てみたいからさ」
「そう言えば、そうですね。まだ、出来上がりをお見せしていなかったですものね。でも、ちょっとだけ待ってください。あ、コーヒーってインスタントしかないですよ」
「うん、かまわないよ」
「じゃ、ほんの少し片付けてきますから……」
シュンに玄関に入ってもらってから、俺は絵を持ったまま慌てて部屋の中に入っていった。
台所でやかんに水を入れて火にかけ、テーブルにマグカップを2つだし、コーヒーを入れる用意をしてから、画材や脱ぎ捨てた服で散らかってる所を少しだけ片付けた。
家の中であたふたしている時、急に頭の中に店での会話が浮かんできた。
『アドレスを教えたのに一度もメールしてこなかった……』とシュンが言っていたのは、シュンが女の子みたいに拗ねているとかではなく、絵のイメージや出来上がり具合を何も知らせてこなかったよな、ということにを柔らかく伝えていたのかもしれない。そう思い始めると、気の利かない自分の至らなさや、自分のアホみたいな考え方が恥ずかしくなってしまった。
「ゴメンなー。片付けとか気にしないでよ」
モヤモヤと落ち込んでいると、玄関からシュンの声が聞こえてきた。考えている場合ではなかった。頭を振って考えるのを止め、急いで玄関に戻り、シュンを家の中に招き入れた。
「すみません、お待たせしました」
「お邪魔します」
画材を端に寄せた居間に連れて行き、ソファーに座ってもらった。
俺はキャンバスバッグから絵を出し包みをあけると、シュンに手渡した。
「やっぱりいいね。鷹人君の絵」
しばらく何かを考えているような顔をして、それから、立ち上がり、腕を伸ばしながら俺の描いた絵をじっと見つめて、そう言った。
良かった。気に入ってくれたようだ。
「大事にするよ。ありがとう」
シュンが真っすぐ俺を見つめてそう言った。さっき、冷静になったはずの俺の脳みそが、また何か勘違いをし始めた。
「良かったです。気に入って頂けて」
さり気なくシュンの視線をよけて、気づかれないように深呼吸をしてからそう言った。
「あ、そうだ。これ受け取って」
絵を自分の横に置いてから、シュンがポケットから出した封筒を俺に手渡そうとした。
「え? あの……」
「これさ、絵の道具とか買う足しにしてよ」
シュンが手渡そうとしている封筒は、それなりの厚みがあったので驚いてしまった。
「良いですよ。もう、奢ってもらっているし」
「そんな事言わないで、貰ってくれよ。少しでも君の力になりたいんだ」
「でも、こんな……」
俺は封筒を押し戻しながら、受け取らないという態度を続けた。
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