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第17話

 ある日曜日、珍しくバンドの練習が無かった。だから、誘われるままに、英明の家に遊びに行った。英明の家に行くのは初めてだった。 「お邪魔します」 「あー、今日両親出かけてるんだ」 「そうなんだ」  英明の部屋で色んなバンドのCDを聞いり、ライブのビデオを観た。 「ね、あんな風に沢山のファンの前で思いっきり演奏出来たら、すごく楽しいだろうな」  そう言って英明の方を向いた。その時、急にあいつが俺の身体を抱きしめた。 その頃、俺たちはまだキスしかしていなかった。時間も無かったし、場所も無かった。そんなチャンスもなかったから。でも、親が居ないって聞いてから、キスの先があるんじゃないかと思ってた。 「瞬、愛してる」  英明はキスしてくれる時、いつも言ってくれた「愛してる」って。俺もそうだった。ずっと愛してる。 「俺もだよ、英明。一緒に頑張ろうな」  それからどちらからとも無く唇を寄せた。その後、英明の手が俺のシャツの中にすべり込んできた。 「ん、英明愛してる」  キスが深くなり、お互い剥ぎ取るように服を脱がせあった。  ベッドの上で、英明が裸になった俺を抱きしめキスをした。もちろん俺は男だから、あそこが反応し始めていて、そして俺は、無意識にそれをあいつに押し付けていた。全身で英明の体温を感じたかったから。  なのに―― 「しゅん……」  英明が急に俺の身体から手を外した。そして俺の身体をジッと見つめた。 「どうしたのさ? 英明」  その呼びかけに、英明は顔を歪ませ、俺を見ていた視線を逸らしてしまった。 「なんだよ、英明?」 「ごめん、瞬」 「何が?」 「ごめん、やっぱりダメだ」 「え?」 「お前を抱けない」 「……どうして?」 「やっぱり、男はダメだ。抱けないよ……」  英明が後ろを向いてしまった。 俺は何も言えなかった。いつも愛していると言ってくれた英明が、俺を抱けないと言った。 それも、俺が男だからって。そんなの前から分かってる事じゃないか。それでも愛してくれてると思ってたのに。  どうやって家に帰ったか良く覚えてない。英明とどんな話をしたかも。ただ悲しくて辛くて、消えてしまいたかった。  しばらくして、英明はバンドを抜けてしまった。健二達には、親からどうしても止めろと言われたと話していたが、俺には分かってた。俺と居たくないから、俺から離れたいから。  その後、健二の友達がバンドに入り、俺はそのまま唄い続けた。つらかったけど、夢中になってバンドに打ち込んでいた。英明との夢だったから、虚しくなる時もあったけれど、他にのめり込めるものが無かった。  英明とは、あの日以来話をしなかった。あいつが俺を避けた。バンド止めたのも本当は俺たちが喧嘩したからじゃないかって言われた。喧嘩だったらどんなに良かっただろう。 あいつに拒絶されてしまったけれど、俺は、それでもあいつの事、嫌いになれなかった。嫌いになれたら、気持ちが楽になったはずなのに。もしかしたら、また俺を見つめてくれる日が来るんじゃないか? って思う気持ちがどこかにあった。だって、あんなに「愛してる」って言ってくれたんだから。  でも、結局、そんな日は来ないまま卒業式を迎えてしまった。 最後の日、英明は俺を呼び出して、一言だけ言ってくれた。 「傷つけて、ごめん」  悲しかった。「もういいよ」って言葉しか出てこなかった。  それから、俺を見つめて「さよなら」と言って彼女の所に行ってしまった。俺なんかにちっとも似てない、ごく普通の女の子。  あの日、抱き合おうとしなかったら、俺たちの関係はもう少し違ってたかもしれない。もう少しお互いに大人になってたら……、いや、結局は同じだったんだろう。英明は、俺に惚れてたのではなく、俺の見た目に惚れてただけなんだ。 そう思っても、あの優しい英明を思い出すと嫌いにはなれなかった。

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