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第28話

 そして、学校の卒業式の日。家に帰ってみると、玄関の前にお祝いの花束が置いてあった。 添えられたカードを見てみると『卒業おめでとう。りっぱな社会人になれ』とあった。 ごめんね、ウソをついて。俺はりっぱな社会人になんてなれない。ただ、貴方から逃げるんだ。俺があなたの傍にいたらダメなんだ。  部屋の片隅に置いた花束を見つめながら、荷物の整理をしているとスマホが鳴った。 「はい」 「鷹人、見てくれた?」 「あ、はい。ありがとうございました。なんか照れるね、こういうの」 「鷹人の殺風景な部屋に花でも飾ったら、少しはいいかなってね」 「ホント、ありがとう。でも、花瓶買ってこなきゃ」 「そうか、花瓶ないんだな、買って行こうか?」 「え、良いよそんな」 「鷹人、会いたい――」  シュンが小さい声でそう言った。でも、俺は聞こえないフリをした。 「なに、シュン?」 「いや、何でもないよ。卒業おめでとう、絵の勉強も頑張れよ」 「うん、頑張るよ。それから、今まで色々ありがとう。シュンも頑張ってね」 「今までなんて変な言い方するなよ。こういう時は、これからも宜しくって言うんだろ?」 「あぁ、そうだね。これからも宜しくお願いします」 「なぁ、鷹人?」 「はい」 「時間があったらさ、食事にでも行かないか? 卒業祝いしたいな」  シュンがそう言った。シュンの気持ちは凄く嬉しい、会いたい。でも、会ってしまったらシュンの前から居なくなる決心が崩れてしまいそうだ。 「ありがとう。でも、ちょっと色々やる事あって、難しいかなぁ」 「そっか。分かった。じゃ、そろそろ休憩終りだから」 「レコーディング中?」 「ん、インタビューの途中だったんだ。ちょっと休ませてもらってた。声が聞きたかったから」 「ありがとう、シュン。頑張って仕事。それじゃ」 「うん、またメールするから」 「分かった、元気でね」  ごめんね、シュン。 「え、鷹人?」  戸惑ったようなシュンの声が聞こえた。 「ううん。またね」 「じゃあ、また」  シュン、さようなら。俺は心の中でそう言った。それからスマホを机の上に置いて、引越しの準備の続きをした。  あと数年で親父が日本に戻ってくるから、マンションはそのままにして行くようにと親父に言われた。でも、大きな家具や使わないものは綺麗に掃除するようにと。 絵の道具や、自分の衣類その他必要なものをダンボールに詰めていった。  アメリカに行ったら通う予定のデザインスクールも決めてあった。バイトの無い日には英会話の学校にも通っていたが、まだ日常会話がやっとなので、前途多難かもしれない。 でも、頑張って勉強して、いつかシュンにまた会える時があったら、その頃は俺も自分の腕で仕事が出来るようになっていて、シュンの為に何か出来ればなんて思っていた。 その頃には、お互いに普通の顔して会えると良いのだけど――。  だけど、何も言わないで去ってしまう俺になんて、もう会いたいって思わないだろう。悲しいけど、俺が自分で決めた事だ。  荷造りが一段落したので、コンビニに夕食を買いに行った。近くの家電量販店に並ぶテレビの画面にシュンの姿が映し出されていた。切なくて胸が苦しくなった。 シュン、愛してるよ。その瞳も、その声も、あなたの創りだす歌の世界も。子供みたいなあなたのそばに、ずっと居たかった。  バイトは1週間前にやめたけど、シュンには何も言っていない。今度シュンが来る時には、俺はもう日本を離れているだろう。それで良いんだと思う。

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