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第3話

「え……っ」  突然振られた言葉に、ハナは青ざめたまま言葉を失った。いくらバックアップメンバーでも、ハナは「フィオーレ」ではない。裏方だ。一度もステージに立ったことなどない。 「でも、ダンスは全部身体に入ってるでしょ? 歌詞だって、一緒に歌ってるから、完璧だよね? 毎日あたしたちと練習してきたんだし」 「それは……っ」  確かに、ハナは「フィオーレ」のバックアップメンバーとして、時には練習時間に来られないメンバーの代わりを務め、どのポジションでも完璧に踊れるよう、振り付けも歌詞も、全て頭に入っている。だが。 「フィンと背格好が似てるハナなら、衣装もちゃんと入ると思う。幸い、今回の衣装は曲調に合わせて顔を半分ベールで隠しているし、全員男装だから、中に本当の男性が混じってても、たぶんしばらくは気付かれない……と思う。いつもどおりにやればいい。あたしたちと一緒にステージに立って……!」 「で、でも……」 「一曲目の、終わりまで持たせてくれればいい。あとは、あたしたちが何とかする」 「でも、オトハさ……」 「お願い! リリイベは一度きりしかできない。四人でやりたいの……!」 「っ」  フロントメンバーの一人を欠いて、三人で踊るか、フィンの代わりにバックアップメンバーのハナを入れて、四人で踊るか。  オトハの説得する声に、ネネとミキも、アルファの顔になる。みんなアルファとはいえ、十八歳になるハナより年下の、成人前の十代後半の子たちばかりだ。ミキは眦に涙を浮かべ、ネネもオトハも震えていた。  ファーストアルバムのリリースイベントで、最高のパフォーマンスをする。それはずっと、フィンをはじめ、オトハ、ミキ、ネネ──「フィオーレ」全体の悲願だった。ずっと一緒に踊ってきたハナが入れば、フィンが欠けた穴を埋められるかもしれない。その発想自体は、理解できる。 「でも、ぼくはアイドルじゃないし、それに……」  致し方ないとはいえ、男性オメガであるハナが、そんなことをして、いいのだろうか。 「ハナにゃん! お願い!」 「お願いします! ハナ……!」 「っ……」  プライドの高いアルファたちに、ここまで懇願されて断れるオメガはいない。  ハナは、三人の震えが伝染し、自らも膝をガクガクさせながら、言った。 「……い、いちどだけ、ですよ……」  ハナの放った言葉に、「フィオーレ」たちが、ぎゅっと円陣を組んだ。 「急ごう……!」  ミキが、もう五分だけください、とスタッフに伝えに行った。その間にも、超特急でハナは衣服を脱いで、フィンの着ていた衣装に袖を通していく。女性たちの前で、と恥ずかしがっている時間はなかった。足の速いネネが楽屋へ取って返し、メイク道具を一式持ってくると、三人がかりで髪をまとめられ、化粧を施された。  ヘッドセットをすると、 「もう一回、円陣!」  とオトハが声を上げる。  今まで、絶対に入ることはないと思っていた、「フィオーレ」の円陣にハナも入る。声を上げて、それから横一列に並び、客席の方を向いて手を繋いだ。みんな震えている。ハナも、震えていたが、レース越しに前を見ると、幕が静かに上がるのが見えた。  光の渦。  人の熱気。  大音量のオープニングテーマが響きはじめる。  隣りにいるネネが、安心させるように笑いかけてくれた。  合図があって、一歩を踏み出す──。  それが、ハナの運命の分かれ道だった。

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