3 / 49
第3話
「え……っ」
突然振られた言葉に、ハナは青ざめたまま言葉を失った。いくらバックアップメンバーでも、ハナは「フィオーレ」ではない。裏方だ。一度もステージに立ったことなどない。
「でも、ダンスは全部身体に入ってるでしょ? 歌詞だって、一緒に歌ってるから、完璧だよね? 毎日あたしたちと練習してきたんだし」
「それは……っ」
確かに、ハナは「フィオーレ」のバックアップメンバーとして、時には練習時間に来られないメンバーの代わりを務め、どのポジションでも完璧に踊れるよう、振り付けも歌詞も、全て頭に入っている。だが。
「フィンと背格好が似てるハナなら、衣装もちゃんと入ると思う。幸い、今回の衣装は曲調に合わせて顔を半分ベールで隠しているし、全員男装だから、中に本当の男性が混じってても、たぶんしばらくは気付かれない……と思う。いつもどおりにやればいい。あたしたちと一緒にステージに立って……!」
「で、でも……」
「一曲目の、終わりまで持たせてくれればいい。あとは、あたしたちが何とかする」
「でも、オトハさ……」
「お願い! リリイベは一度きりしかできない。四人でやりたいの……!」
「っ」
フロントメンバーの一人を欠いて、三人で踊るか、フィンの代わりにバックアップメンバーのハナを入れて、四人で踊るか。
オトハの説得する声に、ネネとミキも、アルファの顔になる。みんなアルファとはいえ、十八歳になるハナより年下の、成人前の十代後半の子たちばかりだ。ミキは眦に涙を浮かべ、ネネもオトハも震えていた。
ファーストアルバムのリリースイベントで、最高のパフォーマンスをする。それはずっと、フィンをはじめ、オトハ、ミキ、ネネ──「フィオーレ」全体の悲願だった。ずっと一緒に踊ってきたハナが入れば、フィンが欠けた穴を埋められるかもしれない。その発想自体は、理解できる。
「でも、ぼくはアイドルじゃないし、それに……」
致し方ないとはいえ、男性オメガであるハナが、そんなことをして、いいのだろうか。
「ハナにゃん! お願い!」
「お願いします! ハナ……!」
「っ……」
プライドの高いアルファたちに、ここまで懇願されて断れるオメガはいない。
ハナは、三人の震えが伝染し、自らも膝をガクガクさせながら、言った。
「……い、いちどだけ、ですよ……」
ハナの放った言葉に、「フィオーレ」たちが、ぎゅっと円陣を組んだ。
「急ごう……!」
ミキが、もう五分だけください、とスタッフに伝えに行った。その間にも、超特急でハナは衣服を脱いで、フィンの着ていた衣装に袖を通していく。女性たちの前で、と恥ずかしがっている時間はなかった。足の速いネネが楽屋へ取って返し、メイク道具を一式持ってくると、三人がかりで髪をまとめられ、化粧を施された。
ヘッドセットをすると、
「もう一回、円陣!」
とオトハが声を上げる。
今まで、絶対に入ることはないと思っていた、「フィオーレ」の円陣にハナも入る。声を上げて、それから横一列に並び、客席の方を向いて手を繋いだ。みんな震えている。ハナも、震えていたが、レース越しに前を見ると、幕が静かに上がるのが見えた。
光の渦。
人の熱気。
大音量のオープニングテーマが響きはじめる。
隣りにいるネネが、安心させるように笑いかけてくれた。
合図があって、一歩を踏み出す──。
それが、ハナの運命の分かれ道だった。
ともだちにシェアしよう!