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第5話
あらためて見ると、テラはとてもきれいな顔立ちをしていた。
栗色の髪はところどころ金髪がかっていて、海の底のような色の眸をしている。彫りの深い顔に並ぶ双眸は大きな切れ長の二重だ。鼻筋はまっすぐで、引き結ばれた唇はある種の品を醸し出している。
テラは歩み寄ると、ハナを見下ろした。
「白井園子はきみの母親だな?」
「えっ、はい……」
いきなり出てきたその名前に、ハナは驚いて頷いた。園子はハナの母親で、世界の第一線で活躍するファッションデザイナーをしている。パリに活動の拠点があり、ミラノやニューヨークでもショーを開いている関係から、日本にいるのは一年の内の半分以下だ。
ハナにも、母似といっていいほど、園子の面影があるにはあった。
もっとも、オメガ特有の線の細さは、オメガゆえの要素であると言った方がいいかもしれない。
「私は彼女のアトリエで、服飾を学んだ。本当ならデザイナーとして生きたかったくらいだ」
テラは、ハナが衣装の上に着ているテーラードコートを脱ぐよう命じた。身体のラインを値踏みするように眺め、「少し回ってくれ」と、その場で一回転することを強いる。
「どうして……諦めたんですか?」
沈黙が気まずいので、会話を繋げようとして放っただけの問いだったが、「諦めた」と形容した時、わずかにテラが、ハナを睨んだ気がした。
「他に背負わなければならない義務があったからだ。──こちらへ立って」
言って、テラはハナの立ち位置を、少しだけ修正した。
「衣装は全部オーダーメイドだ。……肩のラインが台無しだな。腰のところも、縒れてシルエットが崩れて、みっともない。よくこの服で踊ったな」
テラは溜め息をつき、跪くと、ハナの腰の辺りを確かめるように触った。
「伸縮性のある生地だから良かったものの、このまま踊り続けていたらと考えると、ぞっとする……」
「すみません……」
苛立たしげに続けるテラに、ハナは衣装を乱暴に扱ったことが申し訳なくなり、詫びた。
「きみは……」
「?」
「……いや。オメガというのは、すぐに謝る生き物なのか?」
「いえ、それは……! 違います」
驚いて、ハナは訂正した。同時に、テラが男性オメガと出逢うのは、今日が初めてなのかもしれない、と思う。
自分の言動が、テラのオメガに対するイメージ形成に影響するなら、卑屈な態度に終始することは彼のためにならない。
しかし、テラはハナの衣装のファスナーを外すと、少し憤慨した口調で言った。
「致し方ない事情があったと聞く。きみのせいではないだろう。こちらもプロだ。きみが明日から「フィオーレ」になるのなら、私が飾ろう」
衣装が足元に落とされ、下着一枚のハナの平らな身体が露呈する。テラは慣れているのか、特に気にしない様子だったが、ハナは恥ずかしかった。
ところどころ汗をかいていて、濡れたり湿ったりしていて気持ちが悪い。
もぞついていると、テラはバスローブを投げて寄越して、ハナの傍を離れた。
「少し失礼する」
キャビネットに歩み寄ると、抽斗から出した白い錠剤を口に放り込む。
(あっ……)
その何気ない仕草に、ハナは悟った。
(そうか、彼はアルファで間違いないんだ……)
おそらくテラが口にしたのは、突発性の発情を抑制する薬だろう。
アルファの中には、不意に訪れるオメガとのシンクロと発情を、毛嫌いする者もいると聞く。
彼らは抑制剤を飲み、オメガと合意のない行為に至らないよう自衛するのだ。
もっとも、アルファ用の抑制剤は効き目が不安定で、常用できないわりには、効力はせいぜい半日程度だという。オメガ用の薬とは、基本的なつくりが違うのだ。
本質的に身体の構造が違うのだから、それは仕方がないのかもしれないが、オメガを傷つけるようなセックスを強いた後で、責任を取るリスクは少ない方がいいだろう。
(そういえば……)
ハナにとって、テラは生まれて初めて出逢う、身内以外の男性アルファだった。
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