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第7話
衣装を着てみると、よく身体にフィットした。
急いで白粉をはたかれ、髪をワックスでまとめられている間、ハナは自分の中にあった変身願望が満たされていくのを感じた。
今まで、オメガの自分を直視するのが怖かった。
でも、誰もオメガだと思わない今なら、人前に出るのも怖くないかもしれない。
ステージの幕が上がり、爆音が響き出すのを肌でビリビリと感じる。
震えるな、足。
強張るな、顔。
ハナには今、「フィオーレ」らしくあることが求められている。
必死に一曲目を踊り終わる頃には、狭かった視界が次第に開けて、見えてきた。フィンのメインカラーであるピンクのライトが、客席のあちらこちらで振られている。
「みんな、ありがとうー!」
リーダーのオトハの呼びかけに、おお、という野太い雄叫びが上がる。ハナもフィオーレの一員として、黙ってそれに答え、手を振った。
「実は残念なお知らせがあるにゃあ」
ネネが言った。
きた、とハナは背筋に緊張が走るのを感じた。
「気づいてる人もいると思うけど、今日はフィンが急用で、どうしても舞台に立てなくなりました」
オトハがネネの言葉を拾い、説明した。
客席は、猜疑の声でざわつきはじめていた。やっぱり、と思っている者が多かったようだ。
「かわりにあたしたちのバックアップメンバーのハナに、入ってもらってます!」
ミキが語尾を上げ、マイナスイメージを払拭しようと声を張り上げた。
次だ。
次はハナの番だ。
「ぼ、ぼくは……」
声が震え、キン、とマイクが嫌な響き方をする。
「「フィオーレ」でバックアップを務めさせていただいてます、ハナです!」
思い切って一息に声を出し切ると、驚愕の声だか失望の声だかが上がる。
フィンの力強い声とは似ても似つかない、掠れたハスキーな声。
声量も、足りないかもしれない。
でも……。
今、自分のできることをやるしかない。
そして、フィンを、どうにか守らなければ、と、ハナは必死に両足を踏ん張った。
周囲を見渡すと、隣りのネネが、笑顔で頷いてくれる。
「今日はフィンさんの代わりに精一杯、踊ります! よろしくお願いします!」
頭を下げて、上げると、色とりどりのサイリウムの海が見えた。漆黒の闇を照らすそれに、思わず溺れそうになった時、会場の一角から、初めて声がした。
「ハナー!」
牧野の声だった。
胸が熱くなる。
「ハナちゃーん!」
「ハナ、がんばれー!」
客席から、ぱらぱらとではあるが、牧野の声に促されたように、フィンのファンらしき客たちの、暖かい励ましの声が飛んだ。
「まったく、フィンはどうしてこう……肝心な時にやらかすかね?」
ミキがファンたちの声をあらためて代弁する。
「今頃すっごくヘコんでると思うにゃあ」
とネネ。
「というわけで、今日はこの四人でやります。新曲、聞いてください!「アンビバレンツ」」
オトハが締めに落ち着いた声で、次の曲の紹介をした。
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