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第8話
ステージが終わった後は、物販とチェキのお渡し会だった。
膝が震えて仕方がなかったハナは、フィンの代役としてチェキコーナーにいたが、誰もが遠巻きにするだけで、声を掛けられることはなかった。
当然だ。ハナはフィンの代わりでしかない。
台本にない「やらかし」をした「フィオーレ」のステージが終わるのを、見守っていたプロデューサー兼最高責任者の明が、ハナの後ろには付いてくれていたが、その必要もない気がしてきた、その時。
「ハナ」
牧野の声がした。
「あっ、牧野さん……あの」
牧野がきてくれたことに、胸をときめかせながらも、相談もないままステージに上がったことに一抹の不安を感じたハナは、謝罪しようと頭を上げた。
フィンじゃなくて、ごめんなさい。
そう謝らなければ、と思った。
「すごく良かったよ」
「え……?」
頭を下げようと思った刹那、牧野が柔らかな笑みを浮かべて、そう言った。
「今日は楽しかった。フィンのチェキ、くれる?」
「あ、はい!」
言われて、ハナはホッとした。
牧野の言葉はいつも暖かい。
事前に撮影されたチェキを渡すと、後ろにいた明が「ありがとう、牧野」と言った。
牧野は照れたように俯いて、「いえ、ほんとに良かったですから」と呟いた。
「ぼく、ほんとに大丈夫でしたか……?」
ファンから何を言われても、耐える覚悟をしていたハナが恐るおそる尋ねてみると、牧野は首を傾げて言った。
「良かったよ。きみは、良くなかったの……?」
遠慮がちに逆に牧野から問われ、「良かった」と思っていいのか、とハナは思い直した。
牧野が去ると、ハナは再びフィンの代理という立場に戻った。もう誰も、ハナをハナとして認識する者はいない。
でも、それでも良かった。
勇気をくれた牧野に、感謝していた。
(フィンが、戻ってくるまで──フィンの場所を守ろう。そして、もしも次のチャンスがあるのなら、牧野に恥じないステージにしよう……)
その時、ハナは、そう心に誓ったのだった。
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