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第10話
「慎重にすることだ。オメガであることがバレれば、「フィオーレ」が傷を負いかねない」
「……」
そのことを、軽く考えていたことを、ハナは自覚した。
プロデューサーの明も、「フィオーレ」たちも、そのリスクを承知した上で、ハナを受け入れてくれているのだと、今更ながらに思う。
だが、テラだけは、もう少しドライにものを考えているらしかった。
「正直、私は今でも反対だ。だが、昨夜、「フィオーレ」のメンバーたちと会議をした」
「えっ?」
「フィンは右足首を捻挫している。全治二週間だそうだ。その間、きみがフィンの代わりだという結論に至った。彼女は自宅で謹慎中だ」
「ぼくが……」
「フィンの代役はきみ以外にありえないそうだ。たとえオメガでも、いいと言っている。三人で曲を演るよりも、きみと四人でやりたいと言っている」
ネネだろうか? それともミキか? オトハか? またはフィンか?
いや、きっと全員がそう主張したから、ハナは今、この場にいるのだと思った。
アルファの彼女たちからすれば、大変な決断だったろう。それを、「フィオーレ」は押し切った。それがどれほど重いものか、ハナは噛み締めるように、テラの言葉を咀嚼した。
「彼女らに信頼されている分は、ちゃんと働くことだ。わかったら、あちらを向け」
「はい……っ」
「全く、女性のアルファというやつは、一度言い出したら聞かなくて困る」
うんざりした口調の端々から、彼女たちに寄せる信頼の大きさが伝わってくる。
「ぼく……頑張ります。もっと、ちゃんと……」
「頑張るだけか?」
「どういう意味ですか?」
「きみは受け身すぎる。何事も自分の手で勝ち取ろうという気概はないのか?」
「っ……」
確かに、ハナの言葉には、具体的な計画性も何もない。ハナに決意があっても、それだけでは、アルファであるテラには、伝わらないのかもしれない。だが。
「オメガだからか、それとも、それがきみの性質なのか……、わからんが、私には理解できかねる」
テラの発言は、はからずもハナの闘争心に火を点けた。
「……さっきから聞いてれば、オメガオメガって、そればっかりだ」
「事実を言ったまでだ」
「ばかにしないでください!」
ハナがキッと顔を上げると、テラは少しだけ目を瞠った。
「オメガだのアルファだの、そういう区別がぼくは嫌いだ……! そういう区別をこともなげに口に出すあなたは、傲慢な人間だ。でもそれはあなたがアルファだからじゃない。アルファでも、そうじゃない人たちをぼくは知ってます。だから……っ、あなたが不遜なのは、アルファだからじゃない、あなたが、あなただからだ!」
言い切ると、テラはクッと喉を鳴らした。
「何を言い出すかと思えば……」
「あなたは……っ」
ハナがその声に反論しようと口を開くと、その唇をテラの指先が押さえた。
「きみがオメガだと言われて不愉快になるのは、オメガであることに、きみがこだわっているからだろう? きみはオメガである自分自身を否定したがっている。だから言われてムキになるんだ」
「っ……!」
悔しい。
でも、図星だった。
オメガであることに自身がない。
オメガであると言われるたびに、心を削られる気がする。
「フィオーレ」に混じっていれば、オメガだと忘れることができる気がした。だけどそれは、ハナの理由で、「フィオーレ」のための理由ではない。
「ハナと言ったか」
「……はい」
初めて名前を呼ばれた気がしたが、どうでもいいことのような気がした。
「用心することだ。きみをオメガだと知っている人間の前では、特に言動を慎むべきだ」
「それは……」
それは、テラの前で、今ここで、ということも含まれるのだろうか。
「ぼくは……何をすればいいですか?」
俯いて、ハナはテラに問うた。
「何? 何とは?」
「フィンの代わりにステージに立ちたい。フィンが帰ってくる場所を守りたい……っ。そのためになら、何でもします。あなたが要求するなら、何でも」
「……」
「そういうことでしょう? 何をすれば、ぼくは認めてもらえますか……?」
「何を出せる?」
テラが問うた。オメガごときが、という軽蔑が視線に含まれていると感じるのは、気のせいだろうか。テラの眼差しに晒されて、ハナは余計に意固地になった。
「ぼくが、差し出せるものなら、何でも」
その言葉に、テラの視線が鋭くなる。
しばらく睨み合っていた。
その後で、不意に視線を逸らしたテラが言った。
「こちらにきて、膝に乗りなさい」
「っ、──はい」
奥の部屋のドアを開けると、ベッドルームだった。
間接照明の明かりだけの薄暗さに、一瞬、ハナは息を呑む。
だが、思い直すとハナはテラに続いて、その部屋へと入っていった。
証明したかった。男性オメガにも、ちゃんと守れるものがあることを。男性オメガでも、誰か特別な人のために、望むものを勝ち取ることができることを。
ベッドサイドに腰掛けたテラが、静かにハナを見る。
「きなさい」
「──」
証明したかった。
ただ、この男に、ハナが有用で役立つことを。ただ──。
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