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第13話

 溜め息をつくと、牧野が顔を上げた。 「どうしたの?」 「ん、ちょっと疲れちゃって。ごめんなさい」  本当は、テラにぞんざいに扱われたことに、ハナは少し傷ついていた。しかし、これは絶対に誰にも言うことができない秘密だった。 「あんな大舞台にいきなり立ったんだから、当然だよ。ハナは勇気があるね」  牧野とは先日、ファーストアルバムのリリイベの物販で逢ったきりだった。あの時、牧野が褒めてくれなかったら、きっと今のハナはなかったのだと思うと、複雑な気分だ。 「ステージのあとに色々あって……。兄さんの共同経営者に逢いに行かなきゃならなくて」  ハナが言うと、牧野は英語のテキストに赤でチェックを入れていた指を止めた。牧野の聞く姿勢に、ハナは少しだけホッとする。 「ねえ、牧野さん。アルファって、兄さんみたいな優しい感じの人ばかりじゃないの?」 「どうした、急に」 「いや、共同経営者の人、すごく怖い人だったんだ」  あんな悪戯をしても、きっとテラはただの遊びだとしか考えていないのだ。それを思うと、胸がキリキリと痛んだ。もっとも、こんな気持ちになっていることがテラにバレたら、自分から誘っておいて、勝手なものだな、と言われそうで、言動が全く読めないところも込みで、ハナはテラのことを一層怖がった。 「……まあ、アルファにも色々なタイプがいるよ。総じて言えるのは、優秀なことかな。優秀だから、信頼してもいいんじゃないかな。……ついていくのは、大変だけど」 「そう……ですね」  確かに、大変そうだ、とハナは苦笑した。  やっぱり、恋愛でもないのにアルファに身体を触らせたなんて、絶対誰にも言えることじゃない。牧野にさえ、秘密にしなければならないことができたことに、ハナは戸惑っていた。いつものように、ポンポン話しかけられないでいるのは、テラとあんなことがあったあとだからだ。 「珍しいね。ハナが自分から人と関わろうとするなんて」 「正直、全然。何考えてるかわからないし、近寄り難いし。普通なのか怒ってるのかもわからないし」 「はは。ほんとに正直だな」 「ごめんなさい」 「謝ることじゃない。いつも言ってるだろ? 感情を表に出すことは、悪いことじゃないって」 「うん……」 「あとは出し方、かな。でもハナは素直だから、きっと好かれるんじゃないか」 「そんな。それ、困ります。絶対、すごく困りますよ」  恥ずかしくて、ハナは顔を赤くして俯いた。  牧野と話しながら、テラについて、ハナが淫らな悩みを持っていると知ったら、牧野はきっと引っくり返ってしまうのではなかろうか、と思った。 「牧野さん……は、ぼくが、……男のオメガが、女のアルファと一緒に歌って踊るのって、どう思いますか?」  元はと言えば、テラがおかしなことを言い出したのが発端なのだ。ハナは、それについて牧野がどう思うのか、聞いてみたかった。牧野が正しい、と肯定してくれれば、誰に何を言われても、自分を許せるのじゃないかと思った。 「ステージで「ぼく」って言い出した時はヒヤヒヤしたけど、それが素だからね」  牧野はハナをちょっと揶揄ったあとで、テキストに視線を落として静かに答えた。 「アルファとかオメガとか、よくわからないけれど……、きみが楽しそうなのが、羨ましいと思ったな」 「……そっか」  そうだ。楽しかった、というのは伝わったのだ。 (──どうして、ぼくは……)  歌って踊るのを楽しいと感じても、きっと罪ではないのだ。 (どうしてオメガは、アルファを好きにならなきゃ、いけないんだろう……)  罪でないなら、いいはずだった。

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