13 / 49
第13話
溜め息をつくと、牧野が顔を上げた。
「どうしたの?」
「ん、ちょっと疲れちゃって。ごめんなさい」
本当は、テラにぞんざいに扱われたことに、ハナは少し傷ついていた。しかし、これは絶対に誰にも言うことができない秘密だった。
「あんな大舞台にいきなり立ったんだから、当然だよ。ハナは勇気があるね」
牧野とは先日、ファーストアルバムのリリイベの物販で逢ったきりだった。あの時、牧野が褒めてくれなかったら、きっと今のハナはなかったのだと思うと、複雑な気分だ。
「ステージのあとに色々あって……。兄さんの共同経営者に逢いに行かなきゃならなくて」
ハナが言うと、牧野は英語のテキストに赤でチェックを入れていた指を止めた。牧野の聞く姿勢に、ハナは少しだけホッとする。
「ねえ、牧野さん。アルファって、兄さんみたいな優しい感じの人ばかりじゃないの?」
「どうした、急に」
「いや、共同経営者の人、すごく怖い人だったんだ」
あんな悪戯をしても、きっとテラはただの遊びだとしか考えていないのだ。それを思うと、胸がキリキリと痛んだ。もっとも、こんな気持ちになっていることがテラにバレたら、自分から誘っておいて、勝手なものだな、と言われそうで、言動が全く読めないところも込みで、ハナはテラのことを一層怖がった。
「……まあ、アルファにも色々なタイプがいるよ。総じて言えるのは、優秀なことかな。優秀だから、信頼してもいいんじゃないかな。……ついていくのは、大変だけど」
「そう……ですね」
確かに、大変そうだ、とハナは苦笑した。
やっぱり、恋愛でもないのにアルファに身体を触らせたなんて、絶対誰にも言えることじゃない。牧野にさえ、秘密にしなければならないことができたことに、ハナは戸惑っていた。いつものように、ポンポン話しかけられないでいるのは、テラとあんなことがあったあとだからだ。
「珍しいね。ハナが自分から人と関わろうとするなんて」
「正直、全然。何考えてるかわからないし、近寄り難いし。普通なのか怒ってるのかもわからないし」
「はは。ほんとに正直だな」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃない。いつも言ってるだろ? 感情を表に出すことは、悪いことじゃないって」
「うん……」
「あとは出し方、かな。でもハナは素直だから、きっと好かれるんじゃないか」
「そんな。それ、困ります。絶対、すごく困りますよ」
恥ずかしくて、ハナは顔を赤くして俯いた。
牧野と話しながら、テラについて、ハナが淫らな悩みを持っていると知ったら、牧野はきっと引っくり返ってしまうのではなかろうか、と思った。
「牧野さん……は、ぼくが、……男のオメガが、女のアルファと一緒に歌って踊るのって、どう思いますか?」
元はと言えば、テラがおかしなことを言い出したのが発端なのだ。ハナは、それについて牧野がどう思うのか、聞いてみたかった。牧野が正しい、と肯定してくれれば、誰に何を言われても、自分を許せるのじゃないかと思った。
「ステージで「ぼく」って言い出した時はヒヤヒヤしたけど、それが素だからね」
牧野はハナをちょっと揶揄ったあとで、テキストに視線を落として静かに答えた。
「アルファとかオメガとか、よくわからないけれど……、きみが楽しそうなのが、羨ましいと思ったな」
「……そっか」
そうだ。楽しかった、というのは伝わったのだ。
(──どうして、ぼくは……)
歌って踊るのを楽しいと感じても、きっと罪ではないのだ。
(どうしてオメガは、アルファを好きにならなきゃ、いけないんだろう……)
罪でないなら、いいはずだった。
ともだちにシェアしよう!