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第16話
自分は特別、淫乱なのではないだろうか、とハナは大学の講堂で講義を受けながら、ひとり悩んでいた。
あんな風に乱れてしまうなんて、どう考えても普通じゃない。
先日、テラの家に行った時にもらったカードキーを入れたパスケースを眺めながら、ハナは恥ずかしさにひとり小さく悶えた。
(オメガだから……、オメガにさえ生まれなければ、こんな悩みも持たなかったかもしれないのに……)
今度同じことをされても、感じない振りをしよう。
でないと淫らすぎて、失望されたら嫌だった。
──失望……?
そこでハナは、ふと思考を止める。
そして、それはテラに対してじゃない、と思い直した。
つがいになるかもしれない、顔も名前も知らないアルファの誰かを、オメガは待っている。仮に、遠い未来に、その誰かが現れた時、ハナの乱れように引かれてガッカリされたりしたら、嫌だ。
「……以上の観点から、オメガの恋愛は、その身体性と深く結びついているものと考えられる」
ふと、講義の言葉に顔を上げると、教授がテキストを閉じて言った。
「今日の講義を元に、自分のバース性と他者のそれを比較して、まとめること。今日はここまでとする」
予鈴が鳴ると同時に、レポートの課題が出たことに気づいたハナは、慌ててテキストのページをめくりはじめた。
どうしよう。
こんなことになるなら、「バース性とジェンダー論」なんて講義、取らなければ良かった。本当は、オメガがみんなとどう違うのかを知りたかっただけなのに……。
ハナは恋愛と聞いて、真っ先に牧野のことを思い出した。
牧野といると、ドキドキするし、優しい気持ちになれる。
それは、恋なんじゃないだろうか。
しかしハナには、同年代の友人で、バース性も含め、真剣な話のできる相手がいなかった。彼らの愛だの恋だの言う感情が、自分の抱く気持ちと同じものなのか、検討することがハナにはできない。
牧野はベータで、優しくて、たくさんハナを褒めてくれる。
ハナが「フィオーレ」の曲を歌い踊っているのを見て、すごく可愛いと言ってくれる。
牧野とハナは、そういう意味で、兄弟のような友情で結ばれた付き合いをしていた。
(牧野へのこの想いは、恋……?)
確たる結論を得ないまま、ハナはテキストを閉じて席を立った。
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