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第21話

「……いや。きみの気持ちも理解できなくはない」 「え……?」  ハナが渋々、顔を上げると、青い眸が苦しげに向けられる。 「きみはオメガだから、私の匂いに反応したとしても、それは正常な情動だ。抑制剤のことも、おそらく頭に浮かんでこなかったのだろう。発情すれば、みんな似たような獣になるということだ。それはアルファも変わらない」 「……っ」  ──獣……。  アルファも、オメガも、同じなのだろうか。だとしてもテラに同情されるなんて。いっそ気持ち悪いと罵られた方が、何倍マシかわからなかった。  ハナが唇を噛んで俯くと、テラはハナの手首を持ったまま、言った。 「もうひとつ、質問したい」  もうこれ以上の恥辱などないだろうと思い、ハナが真っ赤に染まった顔を伏せたまま頷くと、テラは怜悧な声で尋ねた。 「何……でしょうか?」 「マキノというのは誰だ?」 「!」  あれを聞かれていたのか……、と思うと、涙がみるみる溢れてきた。絶対に泣きたくないと我慢してはみるものの、嗚咽が漏れて、啜り上げてしまった。 「……っぼく、の、家庭教師をしている……、兄さんの、後輩です」  言いながら、いっそ殺して欲しいとハナは思った。よりによってテラに、心の一番柔らかいところにある大事なものを、開示させられるだなんて。  同時に、もしもこのことが回り回って牧野の耳に入ったら、と思うと、震えが止まらなくなった。 「っお願い、です……っ、言わないで、ください……! 彼には……っ、彼は、ベータで」  息をするたびに、しゃくり上げてしまうのを、ハナはどうしても止められなかった。 「ぼくを、救ってくれた人なんです……! ステージに立つ勇気をくれた人なんです……! 汚したく、ない……っ」  言うなり勇気を出して顔を上げると、ぼろりと大粒の涙が頬を伝った。テラの顔を見上げると、悩ましそうに眉を顰め、唇を引き結んでいた。 「きみは私の匂いを肴にして、そのベータとやらを想っていたのか」 「すみま……せ……」  詰られると、ハナは、どこかでホッとした。こうして責め立てられれば、いくらでもみじめになれるからだ、ということに気付いて、また涙が出た。 「……」  テラは再度、溜め息をつくと、やっとハナの両手首を離してくれた。その自由になった両手で、テラはぼろぼろと零れてゆくハナの涙を拭った。まるで、泣かせたことを後悔するか、許しでも請うような仕草で。  それから、テラは立ち上がると、涙を拭った指もそのままに、ハナに向かって怜悧な声を出した。 「……さすがに私も傷ついた。待っていてやるから、バスルームを使うといい」 「いえ、もう……」  テラのいる部屋でそんなことができるほど、ハナは神経が太くない。  それに、テラに見つかった時点で、そんな気分はどこかに霧散していた。 「あの、フィッティングは……」  反射的に出た言葉に、ハナは自分でも驚いた。そんなことができる状態でないのは、一目瞭然だった。 「すまないが、今日は帰ってくれ」  言うと、背を向けたテラは髪をかき上げた。  ハナには、その表情を追うことができなかった。

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