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第22話

 何で、あんな酷いことをしてしまったのだろう。  ハナは部屋でひとり悩みながら、レポートを書く気にもなれずにいた。ぼうっとしている暇はなかったが、あの日、テラの部屋で欲情した時のことを思い出すと、頭に血が上ってしまって、何も手に付かなかった。  何もせずにだらだらしていると、控えめなノックの音がした。 「はい?」 「花人さま、ご友人がお見えです」  ハナの家には、屋敷全般のことを取り仕切る、昔でいうところの執事のような役割りの者が通いで働いていた。  ハナが玄関ホールまで降りてゆくと、意外な人物の訪問に驚いた。 「フィンさん……?」 「ハナ。すごい家に住んでるんだね。びっくり」 「どうしたんですか。……何か、ありました?」  サングラスに帽子姿で、軽く変装したフィンから、どこか懐かしい匂いがする。  何か普段と違うことがあったのだろうと思ったハナは、近くの公園で話そうと誘われるまま、フィンと二人で外出した。 「この間、話した彼女のことなんだけど」  フィンは道すがらに入ったコンビニで買ったペットボトルのキャップを捻りながら、公園のベンチに腰掛けた。  フィンがつらい恋をしてきたことを聞いているハナは、また何かあったのかと思った。 「彼女、もうあたしと話したくないんだって」 「え……?」 「これは話してなかったけど、あたしも彼女もアルファなんだよね。女性同士の」  それは、恋するアルファにとって、死刑宣告に近い事実だった。  女性のアルファは、同性のオメガか男性のアルファとつがいになることがほとんどで、女性同士のアルファのつがいは、男性同士のアルファのつがいと同じく、非常に稀な存在なのだ。 「だから、もう断ち切りたいって」 「フィンさん……」 「でも、想う人がアルファだったって理由で、はいそうですかって切り換えられないよ……、未練、かな。やっぱり」  想う人が、思うとおりの性種じゃないことが、この世界にはままある。そんな時、性種を理由に恋を終わりにできるほど、人は強くないのだ。その気持ちは、ハナにも痛いほどわかった。 (どうして……) 「どうしてバース性なんて、鬱陶しいものがあるんだろう。どうしてバース性に従って、発情したり、つがいになったりするんだろう。何の意味があるんだろうね? ハナ」  フィンは、涙を流さないまま、震えて泣いているように見えた。 「……ぼくにも、わかりません」  フィンの問いは根本的すぎて、きっと多かれ少なかれ、誰もが感じていることだ。できることならバース性なんてややこしいもの、ない世の中の方が、平和なんじゃなかろうか。誰も、傷つく人間が出ないんじゃないだろうか。  でも、世界は、現実は、いつも残酷なものなのだ。 「あたし、彼女のためなら、「フィオーレ」を辞めても後悔しないと思う」 「え……?」 「それぐらい好きなの。でも、彼女は絶対に振り向かない。あたしが夢を棄ててアメリカに行ったとしても、たぶん怒りもしないんじゃないかな。今日、「疲れた。お別れしたい」ってメールが入ったの。電話してみたんだけど、繋がらなかった。本気だって、わかった……」  ハナは、震え続けるフィンの背中を、そっと撫でた。

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