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第23話
「みんなと、約束したから、この恋は吹っ切る。でも」
フィンは、ハナが添えた手に甘えるように寄りかかりながら、絞り出すように言った。
「……あたし、オメガに生まれればよかった」
「っ」
その声があまりにも脆すぎて、ハナは反論できなかった。自分だって、好きでオメガに生まれたわけじゃない。同じように、誰だって、きっとアルファだって、好きでアルファに生まれるわけじゃないのだ。
「フィンさん」
「ハナ。……つらいよ。もうやめたい……」
「……」
「でも、やめられないこともわかってる。あたしたちみたいに、ハナはならないで。ハナは、オメガかもしれないけど、アルファから生まれて、やっぱりアルファに似てるところがあると、わたしは思う」
「似てる……ところ?」
「いつもまっすぐ。自分を偽らない。顔を上げて前を向く。人のために尽くす。──そうあろうとする勇気を持つ」
フィンはハナに言いながら、まるで自分に言い聞かせているようだった。
「あたしがアルファとして独り立ちできてるとしたら、半分はハナのおかげ」
「それは、褒めすぎです……」
ちょっと耳が赤くなるほど、フィンの声はまっすぐに届く。
するとフィンは顔を上げて、猫みたいなくりくりっとした目をハナに向けた。
「ありがとう、ハナ。いつも聞いてくれて」
「いえ……。いいえ、フィンさん。ぼくの方こそ……」
「何だか泣けてくるね」
「ですね……、あ……」
空を仰ぐと、曇り空が堪えきれず、ぽつりぽつりと地面を穿つのが見えた。まるで二人のために降り出したような雨だった。
「あたし、いくね。もう大丈夫だから。あ、そうだ、これ」
「?」
「ハナ、テラに逢った? 今日テラのところに行ったら、匂いがしたし、寄るなら渡してくれって言われたんだ」
「水族館の……チケット?」
ハナは途端に赤面してしまう自分に戸惑いながら、テラの他に誰も「あのこと」について知りませんように、と心の底から祈った。
「フィンさん、どうしてテラに……」
「日曜日、十一時に集合だって言っておいてくれって。頑張れ」
何か勘違いをされていそうで、ハナは弁解した方がいいのかどうか、密かに悩んだ。だが、あのみっともないテラの部屋のベッドルームでの醜態を話さずに、フィンの誤解を解ける自信がない。どころか、なぜかフィンがテラと個人的に逢っていたことを知った途端に、心臓がドコドコと音を立てた。
あのどこか懐かしい匂いは、テラの匂いなのだと気付いた。
「ふふっ、ハナにもテラの匂いが残ってる。フェロモンって不思議だね」
フィンが猫のように目を細めた。
いつものフィンに戻ったようだった。
「時間ごめん。あたし、帰るね」
「あ、駅まで送りますよ」
ハナが申し出ると、フィンはもう、いつもどおりの様子で、軽く手を振ってあしらった。
「いいの、大丈夫。またね」
そう言って去ってゆくフィンの背筋は、まっすぐ空に向かって伸びていた。
(──そうあろうとする、勇気、か……)
ハナもまた、家路につきながら、少しだけ背筋を伸ばした。
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