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第25話
群青の静寂と、目が合う。
「でもぼくたちは違う。バース性に振り回される人生を、ぼくはずっとオメガに生まれたせいにしてきた。けど、あなたに逢って、実はみんな、多かれ少なかれ、そうなのかなって気付きました。アルファだの、オメガだの、こだわっていたぼくは、本当に愚かでした」
「……だが、それはまぎれもない事実だ」
「ぼくはテラじゃないから、あなたの苦しみには共感できないかもしれない。でも、諦めてきた夢の数だけ、未来に希望を見ているあなたは、ちょっとだけ、カッコイイ気がします……」
そうハナが言って黙ると、テラはハナの方に向き直った。
「──私が服をつくるのは、それを着てくれる者が必要だからだ。人に衣装をデザインすることが、私が生きていく上で必要な糧だからだ。とても、大事な……」
「はい」
「きみは──」
テラの、ずっと怜悧なばかりだと思っていた眸が煌めき、少しだけ過去の苦闘の痕が透けて見えたような気がした。
「──きみが、生きているのがどういう環境なのか、知りたいと思った」
「え?」
「だから昔の話をしたんだ。他意はない」
「ぼくは……」
その時、イルカのショーがはじまるという館内放送が流れた。人々が、浜辺の波が打ち返すように、ハナたちのいるフロアから消えはじめる。
「大学に入ったのは、今年です。その……昨日、ちょっと言いましたが、牧野さんと仲良くしてて……あっ、でも、全然、兄弟みたいに、ですけど……」
「……プラトニック、というやつか」
ハナが自分の育った経緯や、最初に訪れた発情のこと、今に至るまでを包み隠さずテラに話すと、テラは静かにそれを咀嚼し、暖かな笑みを浮かべた。
「そんなところです。手を繋いだこともなくて」
「なるほど。完全なる片想いだな」
ハナは、テラが笑ってくれたことに安堵していた。恥ずかしいことは、できれば笑い話にするのが一番だ。
「あの、テラ。ありがとうございます。こんなにしてくださって」
「ん?」
「俺、昨日あなたに、あんな失礼なことをしたのに……。心配してくださったんですよね? 俺のことを、見捨てずに拾ってくださって……、この恩は忘れません」
ハナが思い切って言うと、テラは、一瞬、何かに戸惑うような表情になった。
「テラ……?」
その時だった。
ハナがテラを仰ぐと、やにわにテラの手がハナの二の腕を掴んだ。そのまま強く身体を引き寄せられる。
(えっ……?)
気がつくと、ハナはテラの両腕の中にいた。
ハグ、されている、という事実に気づいた途端、ハナは鼓動が煩く跳ねはじめる音を意識した。同時にテラの心臓が、トクトクと跳ねているのを感じる。
「テラ……? あの、どうし……」
ハナが腕の中で身じろぎすると、テラは苦しげに両腕を解いた。ハナの手を握り、引き寄せると、がらんとした館内を、かなりの速度で歩きはじめる。早口に、まくし立てるように、聞いてもいないのに、理由を言う。
「今日はフィッティングのために、きみを呼ぶつもりだったんだ。それを、フィンの奴が……。──きなさい」
「え、あの……っ」
まるで苦いものを噛みしめるようなテラの表情に、ハナは少し失望している自分を自覚した。
だが、同時に、
(そうだよな……)
と思った。
テラみたいな人が、ハナに構うのは、ハナが「フィオーレ」の一員とみなされているからで、特別だからじゃない。
なのに、心に影が差すのを感じる。
ハナがテラにとって、特別じゃなくても、そのことに落ち込む必要はないはずだ。
だって、彼の前ではもう、虚勢を張る必要がない。
ありのまま、自然のままに、テラには身を任せることができる──そう、寂寥とした気持ちを抱えながら、ハナは考えた。
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