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第28話

 レポートを提出する前に、どうしても牧野に読んでもらいたい。  そう考えたハナは、レポートを牧野の家宛てに郵送した。  すると、その夜、ハナのスマートフォンに、牧野から電話が掛かってきた。 「ハナ? 牧野です。レポート、読んだよ」  いつもの穏やかな声に、ホッとした。ハナは恐るおそる、牧野に問いを投げかけた。 「どう……思いましたか?」 「うん、よく書けてる。これなら、Aは堅いんじゃないか」 「ありがとう、ございます……」  本当は、こんなことをして、迷惑だと思われるんじゃないか。もしかすると、鬱陶しいと思われるんじゃないか。重いと思われるんじゃないか。様々な葛藤があったが、やはり牧野に読んでもらい、肯定されたことが素直に嬉しかった。  しかし、同時に、これはただのレポートで、牧野に対する想いを書いたとは、思われていない可能性もある。そう危惧したハナは、思い切って、もう一歩、踏み込んでみる必要があった。 「あの……っ!」 「ん?」  牧野の普段の声だった。  この声を、揺るがすようなことを、しようとしていることを、ハナは未来に後悔するかもしれない、と思いながらも口に出した。 「牧野さん……っ、好きな人って、いますか……?」 「……」  聞いた途端に、自分の心臓の音がゴトゴトと暴れ出すのがわかった。静まれ、と念じながら、沈黙から言葉が放たれる瞬間を、必死に探す。 「正直、きみが羨ましい」  その刹那、電話の向こうで牧野の、沈んだ声が言った。 「え、どう、いう……」 「何でもできて、何でも持っていて、何にでも一生懸命で、何にも気づいていないきみが……」  その言葉は、ハナが予測していた中には、なかった種類の懊悩が含まれていた。 「俺には、好きな人がいる。でもその恋は、実らない。相手がアルファだからだ」 「──っ」  息を呑むハナの沈黙を、まるで破壊するように牧野のひび割れた声は続いた。 「実らなくても、想いを消すことはできない。ずっと前に諦めていた気持ちだが、きみを見ていて、持っていてもかまわないのだと思うようになった。でも、夢は、夢のまま醒めないでいてほしいと思う」 「牧野さん……」 「俺が「フィオーレ」のファンなのは、彼がつくったものを愛したいと思ったからだ」  彼。  確かに牧野はそう言った。  滲んだ、まるで聞いた者の心が、クシャクシャになるような声で。 「きみの家庭教師の話を受けたのも、彼が愛しているものを慈しみたい、一心からだった。けど」 「っ……」 「ごめん、ハナ。きみは、少しだけ狡い」  牧野が、電話越しに泣いていた。  どうして自分が傍にいてやれないのか。どうして自分じゃ駄目なのかとハナは思った。牧野の好きな人が、どうして兄の明だったのか。アルファを好きになるなんて。よりによって、兄の明を好きになるなんて。 「っ、牧野さん……っ」 「もう、きみとは逢えない」  ハナがその言葉に、何か別の言葉を返そうとした瞬間、その電話は切れた。  ハナはスマートフォンを持って蹲ったまま、涙を堪えるので精一杯だった。

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