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第29話
自分でもびっくりするほど、ハナは疲れてしまっていた。
結局、牧野から送り返されてきたレポートを提出しないまま、授業もサボッてしまった。
今、どうやっても、自分のことを受け入れられる気が全くしなかった。
ベータとつがうオメガなんて聞いたこともないのだから、牧野のことは、これで良かったのだ、と自分へ言い聞かせようとするほど、手が震えて、涙が出そうになる有り様だった。
大学の正門を出ると、駅へ向かう道を選択して、ハナはぼうっと歩いていた。しばらく行って、そういえば今日は昼を抜いたな、と思ったハナは、コンビニエンスストアに寄ることにした。
何か腹にたまるものを……と考えたが、腹がぐーぐーと鳴るわりには、食欲がない。牧野からの電話がきた昨夜以来、まともにものを食べていないことを思い出したが、もうどうでもいい気がした。
ハナは、結局、ポカリスウェットのボトルを買って、コンビニから出た。
とぼとぼと再び歩き出そうとした刹那、背後に誰かの気配がしたのを感じた。
振り返ろうとした途端、ギッと後ろから腕を掴まれた。
「ハナ……!」
顔を上げると、テラがいた。息を乱して、駆けてきたのだとわかるほど、服が乱れていた。珍しい、ものを見ている、とハナは認識し、少し驚いた自分に、驚いていた。
「テラ? あれ、どうして……? あ、兄さんに聞いたんですか?」
大学生活についての細かなことは、何も言っていなかった気がして、ハナは頭にたくさんクエスチョンマークが踊るのを、冷静に見ていた、つもりだった。
だが、テラの乱れようを見た時、一瞬、自分の頭の中に浮かんだ想像に、ハナはゾクリとして、それから赤面した。
「あ、あの……、離してください」
「ああ、す、すまない……」
ハナが慌てているのと同様に、テラもまた、どこか慌てていた。
ハナは、こちらの考えが漏れるわけはない、と思い直し、テラに訊いた。
「あの、何か……?」
「一緒にきて欲しい。きみに用事があるんだ。家に電話したら誰もいなかった。場所は明に聞いた」
「あ、それで……。あの、でも、今日はその……試着とか、する気分じゃないんです。どうしても必要なら、明日以降にしてください。すみません、我が儘言って……」
「いや、いいんだ。──実はきみに……」
テラはそこでなぜか躊躇い、咳払いをすると、再び顔を上げた。
「きみに謝らなければならない。この間のことを」
ハナは、その声を聞いて、テラの乱れた状態に、官能を感じている自分を否定した。あの日されたことが蘇り、ハナを膝に乗せたテラが、こんな顔をしていたのだとしたら……、と淫らな想像をしてしまう自分が心底、嫌だった。心臓がコトリと音を立て、こんなことを考えるなんて、テラに対して、とても失礼だと思った。
「ああ……、あの、もう大丈夫です。ぼく、ちょっと今日は……あんまり気分が……その、」
テラが謝りたいのは、昨日、ベッドでしたことについてなのだ、と思い当たったハナは、販社的に合槌を打った。あれは、自分から言いだしたことで、テラが気に病む類のことではないのに、と思ったが、それでも気にかけてくれたことは、嬉しかった。
「それと、きみには「ピアンタ」にきてほしい。迎えにきたんだ」
「……ピアンタ?」
そういえば、ダンススタジオからも、ここ数日は足が遠のいていたことをハナは思い出した。いけない、と自分を叱る。フィンが戻ってくるまでは、フロントの左側は、ハナのポジションだった。
「すみませんでした。今日から練習にはちゃんと出ます」
ぺこりと頭をさげると、テラはどこか恐縮したように、「いや、私も……」と言葉を濁した。
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