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第33話

 スタジオ「ピアンタ」では、「フィオーレ」の四人と、プロデューサー兼最高責任者の明が、テラとハナの到着を待っていた。  ハナがテラとともにスタジオに姿を現すと、張り詰めていた空気が少しだけ、緩んだ気がした。  そして、全員が集まると、 「悪い知らせがある」  と、明が強張った声で切り出した。  明の説明によると、バックアップとしてフィンの代わりに踊っているハナが、オメガであるとの噂が出回っているらしかった。そして、オメガのハナと、アルファのフィンが、禁断の恋仲になっているらしい、という話になっているらしかった。  ありえない、とハナだけでなく、「フィオーレ」の誰もが思った。  なぜなら女性アルファと男性オメガがつがいになる確率は、非常に低い、レアケースのみと考えられているからだ。しかし、ハナがオメガであるとの噂はひとり歩きし、確実に「フィオーレ」を蝕んでいた。  今のところ、誰が噂を流したのかは特定できていないが、既に一部のファンの間で、グッズとCDの不買運動が起きつつあるらしかった。  ことの全容を話したにもかかわらず、ハナを除く「フィオーレ」の四人は、落ち着いたものだった。テラも、苦しげな表情をしてはいるが、冷静に状態を把握している感じがした。  そこで、初めて、噂を全く知らなかったのは、自分だけだったのだということに、ハナは気づいた。  「フィオーレ」に迷惑を掛けていたことに何の罪悪感も持たずに、暢気にステージに立っていたのだと思うと、恥ずかしくて仕方がない。ハナは唇を噛んで後悔した。 「何でこんな噂が出たのかは、現在、調査中だ。だが、フィンの捻挫もほぼ完治した今、三日後の、フィン復活ライブのステージに、ハナを上げるかどうか、みんなの意見を聞きたい」  明が言葉を切ると、スタジオに沈黙が降りた。みんな、こんなことになり、戸惑い、憤っているのが、痛いほどに感じられた。 「──ライブでは何があるかわからない。こちらでできる限りのフォローはするが、一度、ステージに上がったら、裏方ができることは限られている。物が飛んできたり、掴みかかられることも、場合によっては考えなければならないかもしれない。万全の体制を取ることは約束するが、それでも、ハナやきみたちを、百パーセント守りきれる、という保証はできない」  ──どうしたい?  明はそう聞いた。珍しく青ざめた顔をしていた。そういえば、フィンが突然、ハナを訪ねてきたことがあったのを思い出した。公園で話をしていたところを、ファンの誰かに見られたのだろうか。だとしたら、変装もせずに外出したハナの心構えが、全く軽率だったと言わざるを得ない。  ハナは、自分のオメガという属性のせいで、「フィオーレ」が瓦解の危機に立たされていることを危惧した。「フィオーレ」には、本来ハナは関係ないのだ。なら、自分が引くと言わなければ、とハナは拳を握り締めて思った。 「あの」  発言しようとすると、喉がカラカラに乾いているのがわかった。軽く咳払いをして、ハナはそれでも勇気を振り絞った。 「……ぼくが、ステージに上がることで、「フィオーレ」の迷惑になるんでしたら……」  上がらないことにしたいです、と言おうとした途端に、横にいたミキが強い口調で言った。 「そういうことじゃないよ」 「え……?」 「どういうことだ、ミキ?」  明が促すと、ミキは悔しそうに俯いた。 「今まで、何があっても四人でやってきたステージを、今更ハナを隠して、三人に戻してから、知らないふりしてフィンを入れるなんて……」 「一応、技術的なことも言っておくが、今回はステージを三人の仕様に変えるだけの時間はある」 「そうだけど、でも……」  言葉を濁したミキのあとを、オトハが続けた。 「でも、フィンの復帰ステージを、ハナを抜いてやるのは違う気がする。二週間とはいえ、ハナは「フィオーレ」としてステージに立ったんだから」 「ネネもそう思うにゃ」  三人の意見を、明は黙って聞いている。リーダーのオトハが、フィンと目を合わせて頷くと、ハナに向き直った。 「ハナ。「フィオーレ」の総意は、ハナを傷つけたくない。それが一番目。二番目は、ハナと一緒に最後のステージを演りたい」  すると、今まで黙っていたフィンが言った。 「……あたしの軽率な行いが原因かもしれない。ハナと二人でいるところを、見られたのかも……。ごめ……」 「ストップにゃー! フィン!」  ネネが叫んだ。  ネネは「フィオーレ」が喧嘩になりそうになるたびに、自分から喧嘩を吹っ掛けにいく、変に仲間意識の強いところがあった。  殴りかかろうと立ち上がったネネをミキが止め、オトハが忸怩たる口調で主張する。

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