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第34話

「誰と一緒にいたって、アルファだったら噂になんかならないよ。ハナは「フィオーレ」のメンバーなんだから。あたしとフィンが仲良くしてたって、問題になったことはない。問題なのはそこだよ。この噂は明らかにハナを陥れようとしているってこと。ハナを標的にしてるとしか思えないところが問題なんだよ」  ミキがネネを元の位置に座らせ、同意した。 「あたしもそう思う。今までも、心ない噂は立ったことがあるけど、今度のは、なんか違う」  結局、噂の出処がはっきりしないことには、何が目的なのか、わからなかった。  だが、今はそれが探り出されるのを待っている余裕はない。  フィンが静かに低い声を出した。 「……もしハナがステージに立つなら、あたしたちが全力で守る。でも、根底にあるのは、ハナの意志を尊重することだ」 「フィンさん……」 「うん」 「そうだ」 「だにゃ」  オトハ、ミキ、ネネによる、まるでコントのような相槌に、「フィオーレ」たちはちょっと顔を見合わせ、笑った。 「……ありがとうございます、みなさん」  オメガであることを知りながら、誰もそれをあげつらったり、知らないふりをしたりしない。ハナをひとりのメンバーとして見てくれていることが伝わるからこそ、アルファの「フィオーレ」たちのことが、ハナは大好きになれたのだ、と思う。  いつかフィンが言っていた、そうう、あろうとする勇気。もしもそれを持てたなら、ハナも少しは尊敬する彼女たちに近づけるだろうか……、と考えた。  オメガであることを晒してステージに立った時、何が起こるかは誰にもわからない。それでも、ハナと一緒にやりたいと言ってくれるアルファがいることは、ハナを強く鼓舞した。 「……あの、確認したいことが、いくつか」  ハナは考えた末に、明に対して顔を上げた。 「ぼくが出ることでリスクを負うのは、「フィオーレ」ですよね」 「そうだな。ハナが出るか出ないかで、ライブの成功率が変わってくると思う」 「なら、兄さんの一存で、ぼくを出さないと決めることは、できなかったんですか?」 「出さないことで、無言のうちに、噂を肯定することになると、テラに言われた。俺もそう思う。それに、ハナは一時的にではあるが、間違いなく「フィオーレ」の一員だった。その事実を、フィンの復帰とともに有耶無耶にしてしまうのは、現状から鑑みて、今後、運営する際のリスクになると、我々は考えている」 「……」 「だが、オメガであることは、お前の根底に関わってくる問題だ。俺個人の意見を言うなら、ここは一日でも早く忘れ去られるよう、振舞うべきだろう」  ハナは迷いながら、テラを見た。しかし、テラのまっすぐな群青色の眸に遭遇した途端、ハナは何も訊けなくなってしまった。 (……っ)  ドキン、と心音が跳ねる。  同時に、パッとハナは俯いた。  まるで全てを受け入れるような、眩い表情だった。おそらく、明もテラも、どう転んでもいいように、口に出して言っていたとおり、万全な準備をしてきているのだ、と思った。「フィオーレ」も、彼らも、ハナがどんな決心をしても、後押ししてくれるだろう。  その事実に、ハナは決断を下さなければならない。 「ぼく、──出ます」 「いいのか?」 「はい。ぼくは……、ぼくも、フィンさんにバトンタッチしたい。できるなら、最後のステージで」  フィンの方を向くと、猫のような目をくりくりさせながら、花のような笑みを見せ、頷いた。 「うん」  ハナはその相槌に、腹を括った。  出よう。  誰かに迷惑をかけるかもしれない。  誰かから、もっと深い怨みを買うかもしれない。  でも、今できることを、最善だと思えることを、やるしかない。 「それに、……オメガだと思われても、平気です。たぶん」  ハナがそう言って、少し緊張しながら笑うと、明が「そうか」とホッとした声を出した。どうして明に嫉妬なんかしたんだろう、とハナは後悔した。この兄には、心労ばかりを掛けさせてしまっている。ハナは、そのことを申し訳なく思うとともに、じんわり心が温まるのを感じた。 「でも、あの、今回は、ぼくのせいで……」  そして、テラに忠告されていたにもかかわらず、こんなことになってしまったことを、はっきり謝っておかなければ、とハナが顔を上げたところ。 「ハナにゃん、それ禁句ぅ!」  申し訳ありませんでした、と言いかけた途端に、ネネに両側の頬を掌で押しつぶされた。 「ふぁい?」 「ハナの問題は「フィオーレ」の問題にゃ。今度言ったらチューするにゃん!」  ネネの思い切りのいい恫喝に、周囲がどっと笑った。

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