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第37話

 本番。  ライブは思ったほどには揉めなかった。  物が飛んでくるようなハプニングもなく、一曲目から、いきなり新曲を披露することなど初めてだったので、五人で踊る「フィオーレ」の異様な熱気に、ファンの多くは目の前で起きていることに、しばらくの間、理解がついていかなかったようだった。  ハナがダンスを終えて捌けると、四人組に戻った「フィオーレ」が、次々と初リリースしたCDに入っている曲を歌い上げてゆく。CDの発売以降、フィンのパフォーマンスは初めてだったので、ファンも大いに盛り上がり、ライブは大成功に終わった。  終わってみると、最初の新曲のあのダンスが凄いと話題になり、物販での、フィンをはじめとするメンバー四人のチェキ列は、最長新記録を更新した。ハナの列はないのか、と尋ねられたスタッフが少し右往左往したハプニングはあったものの、フィンとオトハが、「ハナは元々バックアップメンバーなので」と対応すると、興奮気味だったファンたちも、沈静化したようだった。  ハナはずっと裏にいて、そわそわしながら「フィオーレ」たちの対応を見守っていたが、やがてチェキお渡し会がお開きになった頃になって、やっと肩の力が抜け、心底ホッとすることができた。 ☆  メイクを落として、「フィオーレ」たちとかち合わないように早目に着替えて、楽屋を訪ねたハナは、ノックのあとで「お疲れさまでした」と声をかけて、鼻をクン、とさせた。 「テラ……いました?」  全てが終わり、撤収した「フィオーレ」のメンバー四人は、ハナの言葉に上の空のまま答えた。 「ああ、そういやいたね」 「いつだっけ?」 「ついさっきにゃ。ハナにゃん鼻がきくにゃ」 「ハナだけに?」 「何言ってるにゃ、フィン! さっぶいにゃ……!」 (……もしかして、避けられてる……?)  様子のどこかおかしい「フィオーレ」たちを不思議に思いながら、やはり自分は男だし、いくら発情しないとわかっていても、今までのように居心地のいいぬるま湯にいてはいけないのでは……、とハナがぐるぐるしはじめた時、いきなりフィンが話を振ってきた。 「そういやテラは激励にきたって言ってたけど、なんか上の空だったよ」  その言葉を聞いて、きてくれたのなら、挨拶ぐらいはしたかったな、と思っていると、いきなりオトハに肩を叩かれ、ドアの方を向かせられる。 「まあいいじゃない。とにかくハナは二週間、よく頑張ったよ」 「あの、オトハさん、ぼく、廊下にいた方が……」 「というわけで!」  とミキが言うなり、何かガサガサとした大きなものが背中越しに運び込まれた気配がした。 「ハナにゃん、お疲れさまー!」 「おつかれー、ハナ」 「ハナ、お疲れ!」 「頑張ったな、ハナ」 「えっ……! あ……!」  みんなのお疲れコールのあとで、やっと部屋の方を向かせられたハナの目の前に、大輪の百合の花束が贈られた。  白い花。  これは、ハナのために選ばれた花だ、と思った。 「お礼はテラにね」  言って、ミキが封筒をくれる。  中を開いてみると、テラの字で「きみは自由だ」と書かれていた。 「──っ……!」  ああ、とハナは思う。  この感情は。  溢れてくる、この感情は……。 (テラ──) 「ありがとう……ございます……!」  ──テラが。「フィオーレ」が。  こんなことをしてくれるなんて。  花束を抱えたハナは、笑顔でボディタッチしてくる「フィオーレ」たちに、深く頭を下げた。  嬉し涙が溢れてくる。でも、きっと今は泣いてもいい時なんだとハナは思った。彼女たちにもテラにも、やっぱり全然かなわない。「フィオーレ」と、それに関わる人たちは、やっぱり最高にカッコイイ。 「ハナにゃん」  ネネが涙を拭ってくれながら、言った。 「テラなら裏から帰るはずだから、まだ行けば間に合うにゃん」

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