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第43話
翌日、日が昇る前に、ハナはテラの車で、家まで送り届けられた。
『よく考えてくれ』
車の中でテラに言われたハナは、その日以降、ふわふわとした夢の中にいる気がしていた。
自分にぶつけられた昂りを思い出し、悶々としていた。ハナは、居間の四人掛けのカウチにだらりと横になり、家の天井を見た。
あれから、もう一週間が経とうとしている……。
テラからはあれ以来、何の音沙汰もなかった。明からは、オメガ騒ぎのほとぼりが冷めるまで、しばらくの間は「ピアンタ」に通わない方がいいだろう、と釘を刺されていた。
そこで、ハナはぼうっとしたまま大学へ行き、当面は学業に専念する、と理由を付けて、しばらく「フィオーレ」たちとも逢わなかった。にもかかわらず、ハナは気が抜けたようになっていた。
(あれが……、あれがアルファの愛情表現なのか……)
あの夜のことを思い返すと、死ぬほど恥ずかしい。
(でも……)
一方で、嬉しい……とも感じてしまっていた。
でも、まだ、返事をする機会なのか、判断がつかなかった。身体はほとんど元に戻っていたが、そのことをテラに伝えて、お礼を言って以降、全く連絡をしていなかった。どんな顔をして逢ったらいいのやら、わからなかった。
「花人さま」
「うん……?」
引っくり返って天井を見ていると、執事の真島が居間に入ってきた。
「ご友人がお見えです。お通ししますか?」
「うん……」
ごろりとカウチに仰向けのまま、上下が逆になった景色を見ながら、ハナは空返事を返した。逆さになると、見慣れた景色が新鮮に見えるものだな……、などと思った。
あの、アルファのテラが、ハナを好きだなんて。
情けないほど腑抜けてしまっているハナは、いつしかテラに悪くない印象を抱いていることに気がついた。どころか、動き出すと、涙が戻ってきてしまいそうなほどに、テラのことが恋しかった。
(──そうだ、好き……なんだ、ぼくは……)
いつしか、テラを好きになっていた。
この気持ちが何なのか、確かめたい、という想いが不意に湧いてくる。百合の花を贈られた夜も、これに似たような衝動を感じた。本番直前の夜にテラの車から降りた夜も、同じような感傷を抱いていた。
(これ、恋──なのかな……)
恋だとしたら、いつからしているのだろう──、そう、思った。
真島が通してくれるはずの友人を、きっとフィンだと思ったハナは、思い切って、彼女に相談してみよう、と決心した。
だが、現れたのは、あいにくウィングチップを履いた男性だった。
「すごい格好だな」
「え……?」
ハナの逆さ絵の世界に飛び込んできたのは、フィンでも、他の「フィオーレ」のメンバーでもなかった。
(──テラ……?)
顔を上げると、逆さまにハナを見下ろしているテラの怜悧な視線とかち合った。
「えっ、え? な、なに……? なんで……」
慌てて起き上がり、カウチの上に座り直すハナを、見下ろしたテラは、いつもよりもどこかすっきりとした表情をしていた。
そして、
「デートの誘いにきた」
と言った。
よく見ると、唇の端が少し切れていることに気づいた。
「これ、どうし……、誰がこんなことを……」
ハナが見上げると、テラは何でもない顔をして、左の口の端を指でなぞった。喧嘩でもして殴られたような痕に、テラは苦笑した。
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