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第23話 不安
「手術はいつ?」
「明後日の予定・・・検査結果によるみたいだけど」
「難しいのか・・・?」
「成功する確率は半分で・・・失敗すれば、最悪命を落とす・・・良くても寝たきりか半身不随かもって・・・」
「・・・・・」
「・・・一樹さんがいなくなったら、生きてられない・・・」
「お前のそれが、心配だと言ってた。だから・・俺に連絡してきたんだ」
始終床を見つめていた理人は、驚いて顔を上げた。真人はうなづいて、眠る黒瀬を見下ろした。
「すべての財産と、今住んでいるマンションから車まで、お前に残したいそうだ。しばらくは生活に困らないだけの準備があると言っていた」
「財産なんて・・・っ一樹さんは死なない!」
「もちろん俺もそう思ってるよ。一樹さんもそんなものいらないって理人は言うだろうって笑ってたよ。俺が言えば、少しは耳を貸すんじゃないかって。図星だったかな」
「・・・見透かされてるね」
「大切に想われてるんだな。安心したよ」
真人は理人と額を合わせた。さらりと揺れる弟の髪に触れ、真人は言った。
「お前が、大切な相手を見つけて・・・本当に安心した」
「真人・・・」
「ずっと謝りたかった。お前の想いから逃げたこと・・・悪いのは、全部俺なんだ。この14年、ずっと後悔してた」
真人は理人の頬に触れた。同じ造形をした弟は、今、兄よりも一回り小さく見えた。理人は額を預けたまま、目を閉じた。
「お前に、自分の命よりも愛してると思える相手が見つかればいいと、ずっと願ってた・・・俺の代わりに・・・」
理人も、兄の柔らかいウェーブのかかった髪に触れた。
「真人の代わりはいないよ・・・俺と真人はふたりでひとりだから。でも、半分だった俺を、そのままでいいからって・・・一樹さんが愛してくれた。大事にしてくれた・・・だから・・」
真人と理人は、眠り続ける黒瀬の青白い顔をもう一度見た。
優秀な外科医。プライドが高く、高圧的で、他人を寄せ付けない。若く見られる鍛えた身体は肉が削げ落ち、ひとまわり細くなっていた。いつも不敵な笑みを浮かべる口元は薄く開いて、弱々しく息を吐き出している。
「一樹さんは、きっと帰ってくる。約束したから・・・」
真人はロビーの端でどんよりと座っている慧の肩を叩いた。
おそるおそる見上げた慧の不安気な表情に、真人は罪悪感を感じて笑顔を作った。
「お待たせ。行こうか」
慧は無言でうなづいて、立ち上がった。慧の背中に真人は手を添えて歩き出した。重い空気に互いに何も言わず駐車場へのエレベーターを降りて、車の前まで来たところで、慧は足を止めた。
「慧?」
「・・・真人さん、お願いがあります」
「お願い?」
「黒瀬教授と・・・何があったのか、教えてもらえませんか。・・・気になって仕方ないんです」
「・・・・・」
「この間・・・病院で、教授と長谷川さんがセックスしてるところに遭遇して・・・衝撃が大きすぎて、まだその時のことが頭から離れません。長谷川さんが真人さんに見えて仕方ないし、兄弟の間にあったこともつい考えちゃうし、今日だって真人さんにやっぱり長谷川さんじゃないとだめだって言われるんじゃないかと思って怖くて・・・・」
「慧!」
堰を切ったようにしゃべり出した慧を、真人は思わず抱き寄せた。
「悪かった・・・不安にさせて」
「・・・気にしないでいたかったんですけど、俺そんなに強くなかったみたいで・・・」
慧は、ははっと笑って泣きそうになった表情を誤魔化した。
二つ向こうの駐車スペースから白いセダンが出て行った。運転席の中年の男と助手席の女が、真人と慧を好奇の目で見ていた。
真人は抱き寄せた慧の顔を上向かせて言った。
「話すよ、慧が気になること全部。今、俺が理人に対して思っていることも、一樹さんとのことも・・・」
「俺は・・・真人さんと別れたくありません。何を聞いても、真人さんの側にいます」
「慧・・・」
真人は慧の唇を急くように奪った。慧は真人の背中に両腕を回し、手に力を込めた。真人の背中にしがみつきながら、慧は、理人が泣きながら黒瀬を愛していることを叫んだ日のことを思い出していた。
真人は慧を、自分の住むマンションへ初めて連れて行った。
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