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第27話 家族

眩しい光が黒瀬の視界に差し込んだ。 何か大事なことを思い出さなければならないのに、眩しい光のせいで考えがまとまらなかった。 死んだのか?と、黒瀬は思った。 身体の感覚がなく、手も足も動かすことが出来ない。 痛みはなく、なぜかほんのり暖かい。 天国か、地獄か、と考えて自分は天国には行けないだろうと思った。しかし地獄にしては、ずいぶんと穏やかで心地良い。 生きている間、ろくなことをしてこなかった。 決して誉められた人生じゃない。 死んだところで、誰かに悲しんでもらえる人付き合いもしてこなかった。 ただ一人を除いては_____________ 黒瀬の執刀医、小早川は、理人と向かい合って座った。 かつて職員として同じ病院で働いていた理人に、小早川はくだけた口調で話し出した。 「黒瀬教授は、全ての判断を君に任せると言っていたよ。とても・・・酷なことだとは思うが・・・」 一週間が経過した朝、理人は黒瀬の生命維持についての判断を委ねられた。無機質な部屋の空気が張りつめる。 「僕に・・・決めろと・・・」 「君が辛すぎてどうしても決められないときは、維持装置を切ってくれて構わないとも・・・」 「そんな・・っ!」 「・・・君を待たせるのが辛いと・・・君の人生を無駄にしたくないんだと言っていた」 理人は言葉を失った。 冬でもないのに、指先が冷えてがたがた震えた。涙すら出てこない。 小早川が何かを言ったが、もう理人には聞こえなかった。 「・・・せめて・・あと一日、考えさせていただけませんか・・・」 やっとの思いで口に出した言葉は、ほとんどかすれていた。 小早川は無言でうなづいて、理人の肩に手を置いた。 ドアが閉まり小早川の足音が遠のいても、理人の震えは止まることはなかった。 黒瀬の病室へ戻ると、真人と慧がベッドの横に座っていた。 「どうだった・・・先生からの話は・・・?」 「・・・・・」 真人の問いかけに、理人の足が止まった。精気のない乾いた瞳が、ぼんやりと前を見つめている。 真人が理人に近づきその両手を取ったが、理人はされるがまま、立ち尽くしていた。 「ふたりに・・・してほしい・・・」 理人がやっとの思いで、言葉を絞り出した。 真人はうなづき、慧と病室を出た。慧は、ドアが閉まる直前の、理人の 横顔が今にも消えてしまいそうに儚く、胸が締め付けられた。 真人は両手の拳を握りしめて、こぼれ落ちそうな涙を堪えるようにまっすぐ前を見据えていた。 理人は黒瀬の眠るベッドを見下ろした。 青白い頬は、生命維持装置のおかげで暖かい。毎日欠かさず理人が櫛を入れる髪は、乾いて艶を失っていた。 骨ばった手をいつものように握るが、もちろん反応は無かった。 「僕に・・・あなたを殺せって言うんですか・・・」 (・・・泣いているのか) 「あなたはいつも勝手だ・・・急に僕の前に現れて、全部持って行って、僕だけ置いていくなんて・・・」 (そうだな・・・俺は勝手で傲慢な人間だった) 「やっと・・・僕の半分を満たしてくれる人に出会ったのに・・・」 (お前のおかげで、人を愛することを知ったよ) 「僕を残して行くなんて・・・心配じゃないんですか・・・っ・・」 (後悔することがあるとしたら、それはお前のことだけだ) 「愛してるって・・・言ってくれたじゃないですか・・・っ」 (お前は俺の全てだ、理人) 「理人さん、大丈夫でしょうか・・・」 「・・・多分、つらい話だったんだろう。心配だけど、今は見守ることしか出来ない・・・」 真人は待合室の時計を見て、呟いた。 「理人がどんな判断をしても、俺は支えるつもりでいる。もう決して手放さないつもりだ」 慧は、真人の横顔に向かって、ずっと考えていたことを口に出した。 「真人さん、俺・・・教授が目を覚ましたら、言おうと思ってたことがあるんです」 首を傾げただけで、真人は慧の言葉を待った。慧は続けた。 「俺は、家族になりたいんです。真人さんの伴侶で・・・理人さんと、教授の・・・家族に」 「慧・・・」 「俺も真人さんも、理人さんも教授も男で・・・妻でも母でもなくて、子供も産めないけど・・・家族にはなれると思うんです。理人さんと教授には断られちゃうかもしれないけど・・・」 「・・・家族・・・」 「きっと戻ってきますよ。教授は・・・理人さんを残して行ったりしません。嫉妬深くて・・・理人さんが他の誰かのものになるなんて許さないですよ」 真人は慧の言葉に笑ってから、俯いて両手で顔を覆った。 「・・・そうだな・・・きっと戻ってくる。戻ってきたら・・・みんなで家族に・・・」 真人の最後の言葉は涙でかき消えた。 慧は、真人の背中をそっと支えた。

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