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宝石はその人 2

「逃げないのか?」 「たまには少しお喋りもいいかなって」 「余裕なんだな。俺は意外と強いぞ?」 目の前の男の雰囲気が只者でないのはわかる。急な侵入者相手に落ち着き過ぎているのだ。本来なら情報収集は諦めすぐにでも逃げた方がいいくらい。しかし、何故かレイラは少しこの男へと興味が湧いていた。そしてそれは、男の方も同じだった。 「お前達は何のために月光を探しているんだ?というより、本当に月光はあると思っているのか?」 月光とは元々昔話に出てくる宝石の名前。それが実在するのか、手に入れたことがある者はいない。その為殆どの人間はおとぎ話上の架空のお宝だと思っていた。 「月光があるかはわからないよ。でもないかもわからないでしょ?俺達はその月光が存在するなら、見てみたいんだよ」 そう、レイラ達は見てみたいのだ。昔話で人々を照らし導いたとされる不思議な宝石を。手に入れたい訳でもなくて、ただその姿を見てみたい。 「・・・見るだけなのか?」 「うん。だって気になるじゃん。誰も見たことがないものって」 レイラの答えが意外だったのか呆気にとられた様子の男。そうだろう。ただの興味だけで国中の貴族や豪商の屋敷に忍び込んでいるというのだ。何も盗んではいないとはいえ捕まればただでは済まない。そんなことをしているのにだ。 「ははっおかしな奴だな」 ユーキ家の次男、ランはついその事実に笑いが込み上げた。不法侵入した不審者、世間では光の窃盗団とまで呼ばれている目の前の人間を、ランを捕まえるべきか迷っていた。あまり他人に興味を持たない性格の為、被害がないなら窃盗団だろうと只の不法侵入者だろうとどうでもよかった。 しかし、言葉を交わすうちに目の前の顔も見えない相手に興味が湧いてきたのだ。 少しづつ距離をつめてみたが、多分これ以上近づくと目の前の男は逃げるだろう。話し方は緩く気の抜けた感じだが、いつでも逃げれる体勢をとっているのがわかる。只者ではない。しかし、相手の顔が気になる。 「そのフードをとってくれないか」 「それは無理かな〜そろそろ帰って寝る時間だし」 レイラもランに対して興味は湧いているがそろそろ撤退したした方が良さそうだ。きっとカエラとサハラが屋敷の中も調べ尽くした頃だろう。ランがまた一歩近付こうとした瞬間、レイラも逃げる為に窓へと腰を掛けた。 その瞬間、何かが肩にポトっと落ちてきた。 カサっ 「え、、!!!!っ」 それは小指の先程のそこまで大きくもない蜘蛛だったのだが、虫が大の苦手なレイラにとっては声も出ない程の恐怖であった。そして恐怖のあまり咄嗟に目の前にいたランの方へと逃げ、そのままの勢いで抱き着いたのだ。 「っ、おい!」 「やだやだやだやだ!とって!やだぁぁあ!!」 急なことに咄嗟に受け止めはしたが驚きの声を上げるラン。そんな事などお構いなしにパニック状態のレイラ。しっかりと抱きついたままやだやだと怯えるレイラに戸惑いつつも、そっと肩に乗っていた蜘蛛をつまみ窓の外へと投げ捨てた。 「もういないぞ」 「、ヒック、、ぅ、ほんとに?」 胸元に顔を埋めたまま話すその声がまさかの涙声なことに更に驚かされたラン。先程まで只者ではないと警戒していた相手が、まさかあんな小さな蜘蛛相手にこの様子。一気に肩の力が抜けた。 「本当だ。別にあんな蜘蛛くらい何処にでもいるだろ」 「・・・嫌いなんだもん」 とりあえず震えるその頭をポンポンと撫でてみた。すると抱きついた時の衝撃でズレかけていたフードが頭から落ち、透き通る様な白金の柔らかな髪の毛が現れた。 その珍しい色と、あまりに柔らかく触り心地のいいそれにランは無意識のうちに再び頭を撫でていた。そしてその撫でられた心地良さで大分落ち着きを取り戻したレイラは、やっとランの胸元から顔を上げる。 至近距離で目を見合わせたランは、ずっと隠れていたレイラの瞳に思わず言葉を失った。 そこには今まで見た事のないアメジストのような輝きを放つ紫の瞳があり、薄く表面に張った涙の膜でより一層宝石のように輝いていた。 それこそ、今まで見たどの宝石よりも綺麗な瞳。 「レイラ!撤退するぞ!」 「!」 ランがレイラに見とれていると窓の外の木に二人のフードを被った人影がいた。どうやら仲間が迎えに来たようだ。その声に反応してランから体を離し、窓枠へと手をかけたレイラ。先程の怯えた様子は感じさせない動きの素早さ。 「助けてくれてありがとう!じゃあね!」 そう言って飛び出そうとしたレイラの腕をランが咄嗟に引いた。急なことで驚きつつ振り返ろうとした瞬間には、何故か口元を覆っていたはずの布が下ろされ、そこに柔らかいものが押し付けられていた。 目の前にはランの顔があり、状況を把握する前に温かいものが唇を割って口内へと入ってきた。 「っ、、んっ、ぁ」 すぐに状況を把握するもがっちりと抑えられた後頭部と、抗議の言葉すら上げる隙を与えない程の巧妙過ぎるキス。押し返しても舌を絡められ、吸われ、抵抗する所か身体の力が抜けていく。 「ちょっと!?」 「レ、レイラ!」 窓の外から兄達の慌てた声が聞こえ、やっと解放された時には全身の痺れるような感覚に立っているのがやっとの状態だった。 「な、なにっ、急に!」 「可愛い顔」 再び涙目になった瞳に睨まれるが赤く染まった顔と相まって迫力はない。そしてやっと見えたレイラの顔があまりにも整っており、ランはこの世のものではないのではと思うのと同時に、その顔が自分の手によって赤く染まっていることにひどく興奮した。 「俺の弟に何してるんだバカぁ!!」 「レイラ掴まって!!」 そんなことを考えているうちに木からこちらに飛び移ったフードの二人がレイラを抱えて窓から飛び出して行った。次は邪魔することなくその後ろ姿を見送る。 「またなレイラ」 「またとかないから!!」 二人に抱えられつつも未だに赤い顔のままレイラが叫ぶ。あまり大声を出すと衛兵に見つかるぞと思いつつ、ランは暗闇に消えていく三人の姿を見送った。 「レイラ、ね。あいつらは兄弟か」 今まで正体が全く知られていなかった光の窃盗団の顔と名前、兄弟であることまでランは知ってしまった。 「絶対見つけ出してやる」 あの美しい瞳、それに負けない整いすぎた綺麗な顔。味わった唇の甘さ。どれも今夜の一度きりで忘れることは出来ない。必ず探し出して、再びそれをまたこの手で抱きしめたい。そうランは思った。

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