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今宵は二人の
「ちょっと最近気づいたんですけど」
「ん?」
俺の言葉に向かいに座ってメニュー表を眺めていた十六弥さんが顔を上げる。仕事終わりに合流した為、普段よりも少しだけキッチリとした服装のその姿はより彼の魅力を引き立てている。
レイラが高校を卒業し、本格的に仕事を始めると同時に同棲を始めた。といっても住居はレイラの実家から徒歩数分の距離であり、ほとんど毎日十六弥さんやカレンさんとは顔を合わせている。去年まで居候させて貰っていた時と、寝起きする場所が少しズレただけで変わらない交流がなされている。
今日もレイラとカレンさんが揃って撮影で国外に行って不在の為、十六弥さんに誘われ食事に出かけている。
「適当に頼んでいいか?」
「任せます」
TOKIWAの経営する店ではないここは、外観が気に入り初めて足を運んだらしい。気になったメニューを次々に頼んでいく十六弥さん。その品数に今日は大食いのレイラがいないことを忘れているのではと一瞬不安になったが、そういえばこの人もそれなりに大食いであることを思い出す。
「で、何に気づいたんだよ」
「いや、自分で言うのもあれなんですけど、十六弥さんと俺って結構似てるって言われるじゃないですか」
「言われるな。嬉しいだろ」
「そりゃ勿論」
顔がそっくりという訳では無いが、雰囲気や体格の問題なのかよくそのように言われることがある。しかし逆に顔がそっくりだと言われる父親や兄貴と十六弥さんが似ているかと言われると、そうは思わないのだから不思議だ。
実の息子であるレイラが完全に母親似であるせいか、一緒にいると俺の方が息子に間違われることが何度かあった。
「で、レイラって極度のファザコンじゃないですか」
「マザコンとブラコンの合わせ技だけどな」
「⋯もしかして俺の一番警戒すべき相手って十六弥さんなんじゃ?って最近気付いて」
「なんでだよ!」
俺の発言に声を上げて笑う十六弥さん。勿論俺もこれは深刻な話でもなければ、十六弥さんを敵対視しているわけでもないのだが、結構本気で思っている。
「あいつ俺の顔好きらしいんですけど、理由が“十六弥くんと似てるから“って言うんですよ」
「ははっ!あいつやばいな!」
父親の顔と似ていて好きというのは、それはもう父親、つまり十六弥さんが好きという事だろう。別に俺自身を蔑ろにしている訳では無いし、十六弥さんへの好きと俺への好きの種類が違うこともわかっているので問題はないが。
しかも、この一年で急激に知名度を上げ世間の注目を集めているレイラ。元々人を惹きつける人間が更にその効力を強め、変な輩が寄ってくることもある。そういった相手には本人も周囲も警戒心が強い。なので俺が警戒すべきはレイラからも好感度の強い、警戒心の薄い相手。
⋯そう思っていたが、レイラものほほんとした性格の割に意外とガードがしっかりしている。何より俺の事が大好きなので実際心配はあまりしていない。
「って、アピールしてる奴らを見ても頑張ってるなって位に見てたんですけど、相手が十六弥さんになると、俺負けません?」
「俺が本気出せばな」
「出さないでくださいよ」
出さねぇよとまた十六弥さんが楽しそうに笑うのにつられこちらも笑う。出会った当初は世界的大企業の社長であり恋人の親である十六弥さんに緊張感を持っていたが、今ではこうして他愛もないたられば話で笑い合える関係となった。
「つか俺もレイラの事で言いたいことあったわ」
「なんですか」
「この前、嵐太郎が仕事でいない日あったろ」
大学に通いながらTOKIWAの映像系の部門で見習いとして働かせてもらっている。有難いことに最近では多くの現場に連れて行って貰い、まかせて貰える仕事の幅も広がってきた。その為、今回とは逆に俺が家を留守にする事もあり、丁度先週のことを言っているようだ。
「まあ例の如くベッドに潜り込んで来たんだけどよ」
「いつも通りですね」
一人でも寝れるようになったが、一人で寝たいという気持ちがレイラには無いらしい。俺もそれが当たり前になっているので、今更別々で寝ると言われると少なからずショックを受けるかもしれない。
「あいつ寝惚けて俺の股間触りだして」
「っごほッ、すみません」
まさかの内容に思わず飲もうとした水に噎せた。いや、わかる、よく寝惚けているのか夢の中なのか、俺も触られることがある。しかも大体触るだけ触って満足したら本人はスヤスヤと深い眠りに入っていくのだから質が悪い。触られたこちらは普通にムラムラする。ただでさえ仕事や大学で忙しく、夜のタイミングが高校時代程思う存分取れていないというのに。
「朝起きてからその事言ったら、レイラのやつなんて言ったと思う?」
「⋯なんですか」
「“え〜?あ、でも確かに嵐ちゃんしてはふにゃふにゃでおかしいなって思ったかも”ってよ。いや、息子に触られてバキバキになってる方がおかしいだろ」
「⋯ですね」
⋯寝惚けてやらかしたのはレイラな筈なのに、俺がとてつもなく恥ずかしい思いをしているのは何故だ。そりゃ可愛い恋人に触られたらこちらは元気いっぱいだ。仕方ないだろう。十六弥さんもこちらをニヤニヤしながら見るのをやめてくれ。
「“嵐ちゃんはすぐ元気になるよ”だってよ。俺だって相手がカレンなら同じだっつの」
「親子でそんな会話しないでくださいよ」
本当にこの親子は、というかこの一族はお互いに隠し事が無さすぎる。
運ばれきた料理と酒を楽しみつつ会話の大半はレイラや常磐の家族の話で盛り上がる。プライベートに仕事の話を持ち込まないのがTOKIWAのモットーだ。そして何よりほぼ毎日顔を合わせているというのに、話題のネタが無くならない程にレイラのやらかした話があるのも凄いことだが。
今夜は十六弥さんと二人きり、つられて呑み過ぎないようにしないと、明日は俺のやらかした話が酒のつまみにされるかもしれない。
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