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第2話

「……ぁあ……あっ、やぁ」  ベッドの上で飽きることのない紘太に激しく突かれて、喘ぎまくっている僕の口に紘太の指が入る。 「んっ!! んぁ」 「恵介……あんまり声出すと、母さんに聞こえるよ?俺の指、噛んでいいから、声我慢して」  いやいや……。僕の声がどうこういうより、おまえが今すぐやめればいいだけなんじゃないのか??? って紘太にツッコミたいのに、できない。  僕がいつもの僕なら、僕が精神的に弱ってなければ……間髪入れずに、ツッコンでるのに……。  いや、なのに。このまま〝紘太の兄〟から〝紘太の嫁〟にシフトチェンジしてしまうんじゃないかっていう焦燥感と。紘太によってもたらされる、感じちゃいけない快感とが、頭でグルグル渦巻いて……。 「んっ......んんっ……」 「ヤバイな……恵介のその声も、たまんない」 「ん…ゃ……ぁ……」 「恵介……俺、また、イクッ!!」  また、熱いのが中に流れて……。僕は、そこから、あんまり記憶がない。そして、薄れ行くかすかな記憶の中で、僕は史上最強を自負できるくらいの、画期的なアイデアを思いついてしまった! 紘太の嫁から脱することができるか、できないか。多分これが、本当に最後の……最後のチャンスかもしれない! 「僕、紘太の嫁になってもいい」  紘太のベッドの上で、僕はきちんと正座をして紘太に言った。その瞬間、紘太の顔がほころんで、つられて紘太もベッドの上で正座をする。 「本当に!? マジで!? 恵介が嫁になってくれるなんて、俺、めっちゃ嬉しい!!」 「ただし」 「ただし?」 「条件がある」 「条件?」 「その条件をクリアしなきゃ、僕はお前の嫁にならない」 「……その条件って?」  紘太が眉間にシワを寄せて、険しい顔をした。 「紘太が、ちゃんと大学に行って後期の単位、全部〝優〟をマークしたら、大人しく嫁になってやる。おまえのいうこともなんでも聞いて、めちゃめちゃいい嫁になってやる」 「……全部〝優〟とか、ハードル高くない?」 「おまえさ、僕のこと愛してる、って言ったよな?」 「……言ったよ?」 「おまえの愛は、その程度か? 〝優〟がハードル高いとかさ。僕に対する愛はそんなにすぐ嘆いてしまうくらいの、その程度の愛情だったのか?」 「……もし、大学に行くことすらできなかったら? 条件をクリアすることができなかったら?」  今にも泣きそうな表情をする紘太に対し。僕は真っ直ぐに紘太を見つめる。 「……紘太の嫁にはならない。……僕は紘太の前に二度と現れない。この家を出ていく。兄弟としても戻れないとこまで来てるんだ。僕のことは最初っからいなかったって思ってよ」  僕の答えが意外すぎたのか、紘太が潤んだ目を大きく見開いて僕を見た。  そう。紘太には、選択肢がないんだ。  条件を飲んで、素直に大学に行って、勉学にはげむ。僕が紘太の嫁になるには、正直、それしかないんだよ。ひきこもりから脱しない限り、僕は手に入らないんだよ。  さぁ、どうする、紘太。僕を選ぶか、諦めるか。さぁ、どうする? 「……わかった。条件をのんでやる。……恵介、おまえ嘘つくなよ?」  潤んだ目を射抜くように鋭くして、紘太は僕にしぼりような声で言った。 「僕が真顔で飄々と嘘がつけるような、器用なヤツじゃないってことくらい、おまえが一番よく分かってるだろ?」 「まぁ、な」  ……まさか。本当に条件を飲むなんて思わなかった僕は、少し動揺した。  いや、でも! ヒキニートである紘太の念願の社会復帰が、突然満願成就したことに胸が高鳴って高鳴ってしょうがない。と同時に「あ、コイツ、本当に僕のこと好きなんだ」って思った。  だから、こんな風に。弟を……紘太を試すようなことをしてしまって……。狂喜している僕の胸のすみっこが、チクっと痛むんだ。 「手助けは……してくれないワケ?」  さっきまでの鋭い眼差しを崩して。いたずらっ子ぽい顔をした紘太が、僕の膝の上に置かれた手を握って言った。 「手助け?」 「久しぶりの大学とか、不安でしょうがないし……恵介、朝、大学まで送ってくれよ。帰りは俺が、恵介の会社まで行くから一緒に帰ろう。不安だから」  送迎って……幼稚園児か、おまえは!?  普段の僕なら、きっとこんな風に即座にツッコミを入れていたに違いない。  しかし!! しかしだ!! ここで……ここで紘太を「一人で行け!!」なんて突き放したら、紘太の社会復帰は二度と叶わないんじゃないかと思った。  僕は紘太の手をギュッと握り返す? 「わかった。いいよ、紘太。付き合ってやるから。おまえが不安じゃなくなるまで、付き合ってやるよ」  僕は紘太に握られていない方の手で、紘太の髪の毛にそっと触れて……。その時、紘太がにっこり笑って……。紘太が握っていた僕の手を引っ張ったから、僕の体が弾けるように、紘太の体に吸い込まれる。 「やっぱ、俺。恵介が大好きだ。……俺、俺さ。頑張るからさ。ちゃんと俺のそばで見てて?約束だからな?恵介」 「わかってるよ、紘太」  ……ほだされたら、ダメだな。  紘太を安心させたくて。紘太の不安を取り除いてあげたくて。よりにもよって、僕から紘太にキスをしてしまうなんて。  お互いの舌先を軽く触れあわせて、唇を重ねて、舌を絡めて……。  ……ほだされたら、ダメなんだって……僕、しっかりしろ……。  って思いながらも、僕の体を押し倒す紘太に。僕はこの身を委ねたんだ。 「今日は会議が入ってるから、終わるのが二十時くらいなるかもしれないけど。紘太、どっかで時間潰しとくか?」 「あぁ、時間いっぱい図書館にいて。それから恵介の会社近くのコーヒーショップで勉強するよ。試験も近いし。頑張んなきゃ、俺」 「わかった。終わったら連絡するから。あんまり無理すんなよ、紘太」 「恵介のためなら、この俺だって多少の無理はするんだよ。じゃな、恵介。気をつけて」  そう言って、軽く手を上げてにっこり笑う紘太があまりにもイケメンに仕上がっていて。実の弟ながら、僕は恥ずかしくなって鼻をかいて咄嗟に目を逸らしてしまった。  紘太が僕の条件を飲んで、もうすぐ五ヶ月になろうとしている。この間ほぼ毎日、僕と紘太は一緒に行動して。  毎朝、僕は紘太を大学まで送って。毎晩、紘太は僕を会社まで迎えに来て。そして、家まで一緒に帰るって言う、健全な中学生みたいな生活を送っていた。最初の頃こそ、目の覚めるようなイケメンが。緊張のあまり、右手右足と左手左足同時に動かし。ロボットのように、ぎこちなく門をくぐるという珍百景に遭遇したりしてたんだけどさ。  今じゃすっかり緊張もほぐれて。友達とも話ができるようになったみたいで、僕は安心したんだ。前の紘太みたいに……紘太がいい方向に変わった。  ちなみに。家というか夜でも、紘太は変わった。大学に復学したての頃は、そのストレスを僕にぶつけるように、紘太は毎日激しく僕を犯すようにシテたけど。今じゃもう、すっかり憑き物が落ちたみたいになっちゃってさ。勉強に熱心になりすぎて、僕にそんなに関心がなくなったように。絶倫か!? とツッコミを入れたくなる紘太の性欲が、週に一、二回程度に落ち着いてきている。  ここまできたら、僕が紘太の嫁になるとか。口では僕のためとかなんとか言ってるけど。紘太自身、そんな約束もきっとどうでもよくなってるんじゃないかって……かすかに期待して。  紘太がどうでもよくなってしまったんなら。また、前みたいな兄弟の仲に戻れるんなら。僕は願ったりかなったりで、それはそれでいい……んだ。 「……あぁ……あっ……んっ」 「恵介、その顔、めっちゃ色っぽい……」 「ぁ………こ…う………たぁ……」 「声出していいよ、恵介。今日は父さん達、いないからさ」 「んぁ……こう…た……」  紘太は優しい手つきで胸や僕の中をいじって、そして鋭く中を突き上げる。そして僕は、それに反応して女の子みたいに体をしならせて喘ぎまくる。  そう……そうだ。さらに言うと、紘太だけじゃなく僕も変わった。  紘太に迫られるたびに、プライドと快感の板挟みになって泣きながら喘いでイカされてた僕も。恥ずかしい話、体がすっかり紘太に慣れてしまったんだ。  兄とかどうこう言う以前に、男が男に最高に感じてしまって、僕自身収拾がつかないくらいなレベルに陥っている。  ……ヤバイ……これは、かなりヤバイぞ?  紘太の嫁にならなかったとしても。僕がちゃんと女の子とデキるかどうか、すごく不安になって。 「父さんと母さんに、孫を見せる!」って頑張っていたはずなのに。もう父さんと母さんに孫の顔は見せてあげられないかもしれないなぁ、なんて………。  紘太が約束にやぶれることになったら、僕はいい大人なのに、女の子に慣れる努力をしなきゃいけないんだ。  ……今さらながら、ハズカシイ。 「恵介、今日合コン、行かね? メンバー集まんなくて困ってんだよ」  隣の席の内村に薮から棒に話を振られて、一瞬、僕は固まってしまった。  合コン……とか、中学生並みの生活を送っている僕にとって、そのワード、久しぶりすぎる。なんか、妙に新鮮だ。 「……ごめん、弟がまってるんだ。今日まで試験でさ。付き合い悪くてごめんな、内村」 「いいって、いいって。弟さんもうちょっとでヒキニート脱出できそうなんだろ? 恵介も大変だな。頑張れよ、兄ちゃん」 「ありがとう、内村」  合コン、懐かしなぁ……なんて既婚者かよ、僕は。  紘太が大学に復学してからというもの、僕は合コンどころか、会社の飲み会すら参加していない。弟……紘太を優先にして、紘太のために過ごしたこの五ヶ月。  もうすぐ、その生活も終わるっ!! いろんな意味で自由になれるんだ!!  だから、試験が終わった今日は、頑張った紘太にうんと優しくしてやんなきゃ、って思っていた。 「……試験、おつかれさま。……どうだった?」 「まぁ、結構、いけたはず」 「……そうか、良かった……頑張ったな、紘太」 「約束、覚えてる?」 「……あの?」 「うん、嫁の話」  ……覚えてたのか、やっぱり。  もう、どうでもよくなったのかと思ってたのにな、紘太は。  僕はそんな紘太の声を聞いて、不安と安心の複雑な感情が心で渦巻いていることに気づく。  ……でも、今日は、今日だけは。ちゃんと紘太の頑張りを褒めてやらなきゃ!!  紘太の試験が全部終わって。〝おつかれさま会〟と称して、僕は少し高いホテルに紘太を招待した。  日頃クールな紘太が目を丸くするくらいのいい眺めの部屋をとって。ルームサービスで紘太の好きな食事を食べて。そして、二人してシーツの中に潜り込む。 なんか、さ。本命に対するデートコースを実の弟にしている僕も、よく考えたら本当、どうかしているんだけどさ。  ひきこもりの紘太が、いろんなことに頑張ったってことを目一杯褒めてあげたかったし。頑張ったらいいことがあるんだって思い出を、ゃんと紘太に残してあげたかった。 「……覚えてるよ、大丈夫」  僕の淡い期待は脆くも崩れ去って、あとは、1つでも〝優〟がとれないことにかけるしかない。紘太の嫁を回避するには、もう、僕にはそれしかなくなってしまった。  忘れてる、それが……一番、紘太が傷つかない方法だったんだけどなぁ。 「恵介……ありがとう。色々、手助けしてくれて……」  紘太は僕の手に指を絡ませて、僕の首筋に優しくキスをして言う。 「……気にすんなよ。……今日はさ……僕が、おまえを気持ち良くさせてやるから……。初めてだから、下手くそかもしんないけど、文句言うなよ?」  重なってる紘太の体を引き剥がし、僕は滑らかに肌をこするシーツの奥にもぐって、紘太のソレを舌で転がす。  時間をかけて、舌を這わして。ゆっくり、深く、口に含んで。少し離れたところから、紘太の息が乱れて、喘ぎ声が聞こえて。  僕は、それに少し気を良くした。いつもヤられっぱなしだったから……今日くらいは、そんな紘太を見てみたかったし。  ちょっとズレてるけどさ。なにより、兄である威厳を取り戻したような気がしたんだ。だから、僕は、グッと喉の奥まで口の中に入れ込む。舌で口で激しく愛撫すると、紘太が余計乱れて。 「……っあ!!」って……。  小さく紘太が言って体をしならせる。  立て続けに、僕の喉の奥に暖かいものがあたって、体の中に落ちていった。 「……んっ……」 「……け、けいすけ……ごめん」 「……大丈夫……気持ち、よかったか? 紘太」紘太は僕を抱き上げると、その膝の上に乗せて僕の腰に手を回した。 「恵介を早く嫁にしたい」 「自身……あるんだろ?」 「まぁ、な」 「全力を尽くしたんなら、後悔してないんだろ?」 「ああ……恵介、好きだ」  腰に回した手に力を入れて、僕の体を紘太の体に引き寄せた紘太は。その重なった肌の感触にうっとりしたような顔をして………また、深く、キスをした。  僕はその紘太の表情に、罪悪感を覚えた。こんなに真っ直ぐ、僕を思って、僕を愛して……。  僕は、そんな紘太の気持ちを弄んでいるような感じがして……。  苦しくて……泣きたくなって……僕は、紘太の兄なのに………。  こんな気持ちになるなんて、本当に思わなかった。僕は、僕は……紘太が、好きになってしまったかもしれない。

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