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第3話

どうしよう……。一日がこんなに長く感じるなんて、思いもよらなかった。  前の日に女の子にこっぴどくフラれて、ぬらぬらした状態で仕事ををしていた時より、ずっと長く感じる。まぁ、女の子にフラれまくってる、僕にしかあてはまらない例えだけどさ……。  だって、今日は。僕にとっても紘太にとっても運命の日だから。今日、紘太の試験の結果の全てが分かる。  僕が紘太の嫁になるか、もしくは……僕が紘太の前から消えるか。  もう、そろそろ……連絡が来るはずなんだけど。仕事中にもかかわらず、僕はスマホをぎゅっと握りしめて、片時も離さないようにしていたんだ。 「恵介、ちょっといいか?」  突然、隣の席の内村に話しかけられて、僕は驚いたネコみたいに体を大きくビクつかせてしまった。そわそわしてるし、スマホなんか握ってるし……「仕事に集中しろ」って、怒られるな、こりゃ。  僕は内村に促されて、リフレッシュコーナーに足を運ぶ。 「恵介」 「悪いな、内村。仕事に集中してなくってさ。今日、弟の試験の結果が出るんだよ。気が気じゃなくてさ……」 「そんなに、弟が気になる?」 だって、弟の嫁になるか、ならないかの瀬戸際なんだよ!? 僕の人生の〝if〟なんだよ!?  なんて、内村に言えるワケもなく。僕は内村の質問に、ちゃんと答えることができなかった。 「そんなに弟が……好きなのか?」 「……唯一の兄弟だし、大事だよ?」 「それはさ、兄弟として好きなのか?」 「内村? 何が言いたいの? おまえ」 「……好き、なんだよ……」 「……はい?」 「おまえのことが好きなんだよ!!」  ……いやいや。  ちょっと、待ってよ。  なんで!? なんでなんだよ!?  なんで女の子じゃなくて、弟を筆頭に男にばっかモテるんだ?  しかも、人生最大のモテ期到来と言わんばかりに、気のおける同期にまで告白されるなんて。あのかわいい腐女子が、めちゃめちゃ喜びそうな感じ満載じゃないか……。  ブルッーーと。  このすごくありえない状況下の今。僕のスマホが小さく震えた。  紘太!!  僕は慌てて、ポケットからスマホを取り出した。 〝恵介……1個、良だった。どうしよう〟  僕のスマホの画面にポップアップで表示された、紘太の悲痛感アリアリのメッセージが、スッと消えていく。  そのメッセージが瞼に焼き付いて……。  鼓動が強くなって、苦しくなって……。  僕は、頭が真っ白になってしまった。  そんな中、ただ一つだけ。僕の中にハッキリ浮かんだ感情があった。 〝……紘太、紘太に、今すぐ……会いたい!!〟 「弟?」  内村の声がすぐそばで聞こえて、ハッとする。こんな……こんなトコで、こんなコトしてる場合じゃないっ!! 早く! 早く!! 紘太のとこに行かなきゃ!! 「……内村、僕、おなかが痛くなってきたから早退する」  咄嗟に僕の口から出た言い訳。あまりにも小学生みたいな言い訳で、我ながらうんざりする。 「はぁ!?」 「じゃ、そういうことで!!」  内村の前からダッシュで立ち去ろうとした僕の体はガクンと停止して、それを阻まれた。振り返ると、内村が僕の腕をがっちり握っている。 「離せって!! おなかが痛いから帰りたいんだって!!」 「恵介おまえの返事聞いてねぇよ!!」 「今はおなかが痛くて、それどころじゃないんだよ!!」 「恵介!!」  最後まで小学生みたいな言い訳を貫き通して、僕は内村の手を思いっきり振り払って、走り出した。  走って、走りまくって。走りながら、紘太に電話をかけた。 『……もしもし?恵介?』 「紘太!おまえ、今どこなんだ!!」 『ごめんな、恵介。たくさん手助けしてもらったのに……約束、果たせなかったよ』 「そんなこと言わなくていいから!! 今いる場所を言えっ!!」 『俺……頑張ったんだけどなぁ。めちゃめちゃ、頑張ったんだけどなぁ……』  いつも自身有り気で、余裕たっぷりな紘太の声じゃない。  弱い、もろい……。  そんな紘太の涙声がスマホ越しに聞こえる。 「紘太! しっかりしろって!! 今から僕がおまえんとこ行くからっ! 今、どこにいるんだ! 紘太!!」 『恵介が……恵介が、いなくなっちゃう……俺がダメだったから……俺が……俺が』 「紘太っ!!」  プツッーー、ツー、ツー、ツー………。  僕がありったけの大声で叫んだ瞬間、紘太との通話が切れた。  そういえば、そうだった……。紘太は、小さい頃からそんなんだったんだ。  兄ちゃんだけど、昔っから体が細い僕に対して、上から目線で弟のクセに兄貴ヅラしてるのに。虚栄を張った心の内側は、もろくて繊細で。捨てられた子犬やら子猫やら、やたら拾ってくるくらい、小さい生き物に優しくて。悲しい映画やお涙頂戴ものの小説でさえ、ポロポロ泣いてさ。平気なフリしてるけど、些細なことで傷つきやすくて、兄ちゃんである僕にでさえ、隠して、隠れてひっそり泣いて……。  あんなにイケメンで。  あんなに〝俺様〟っぽいのに。  実は、優しくて、繊細で、もろいヤツだったんだ……!! 「……紘太っ!! どこだっ……!!」  僕は走って末の荒い息で、絞り出すように呟いた。  考えろ!……紘太が行きそうなとこ……考えろっ!! 考えろ!!  ……あっ、あそこ?  いきなり……雷に打たれたみたいな……神様の啓示を受けたみたいな。瞬間的に、懐かしいあの場所が思い浮かんだ。  そして、体が何かに弾かれたように。僕はまた、走り出したんだ。  家の近くには〝愛宕山〟って小高い山があって。小さい頃は、紘太と2人してよくそこで遊んだ。  秘密基地を作ったり、拾ったエロ本を隠したり。その山のてっぺんには神社があってさ。社の裏に小さな小屋があって、僕たちはよく宝物を隠していた。エロ本とか……隠してる時点で、僕たちは随分罰当たりなことをしてるんだけど。  紘太はそこがすごく気に入ってて。母さんに「ダメっ!」って言われた子犬とか子猫とか、こっそり飼ってたり。イヤなことがあったりしたら、そこにこもって出てこなくなったり。  そういう時は、いつも、僕が紘太を迎えに行っていたんだ。まさか、いい大人になってまで、そんなとこに紘太を迎えに行くことになろうとは思わなかったけど……。  絶対、あそこだっ!! あそこにいるはずっ!! 僕は妙に確信があって、社まで続く石階段を駆け上がった。 「紘太っ!!」  立て付けが悪い小屋の引き戸を強引に開けて、僕は叫んだ。 「……けい……すけ」  やっぱり……。  おまえが隠れるって言ったらここしかないのか、ってツッコミを入れたくなるくらいら、紘太は僕が考えていたとおりの場所にいて。今の今まで、イケメンが泣いてた顔をしている。寒さからなのか、ショックからなのかわからないけど、鍛えた体を震わせて……。紘太が……僕より、小さく見えて。僕は飛びつくように、紘太を抱きしめた。  ……体が、丸ごと冷たい。そう感じて、僕は腕により一層力を込める。 「恵介……俺、ダメだった……。恵介を……恵介が……遠くに行っちゃう……」 「紘太っ!! しっかりしろっ!! おまえ、なんか勘違いしているぞ!?」 「……勘違い?」 「僕は、僕は全部〝良〟以上って、言ったんだ!!」 「……え?」  紘太が僕の体を引き剥がして、目を丸くした。 「……〝優〟って…」 「〝良〟だよ〝良〟!! 何勘違いしてるんだよ、紘太!!」 「……え?……良?……え? え?」  動揺する紘太を、僕はもう一度抱きしめて言った。 「嫁に……紘太の嫁になってやる」 「え?」 「紘太、僕……おまえの兄ちゃんだけど……兄ちゃんで男だけど……おまえの嫁になる」 「……恵介」 「紘太。僕……紘太が好きだ。好きなんだ……だから、紘太。僕を……紘太の嫁にして……」紘太の潤んだキレイな目を見てると、切なくて、苦しくて、我慢ができなくて……僕は自分から、紘太に深いキスをした。 「あっ! っっあぁっ!! こう…た」 「恵介!……離さないっ……からっ」 「んぁあっ! こ、うた……」 「……恵介っ!!」  小さい頃に入り浸っていた、この思い出深い小屋で、僕たちは貪るようにお互いの体を求めた。  スーツが汚れる、なんて関係ない。  声が大きいなんて、構ってられない。  バチがあたるかも、なんてクソ喰らえだ。  紘太にキスをして舌を絡ませたら、紘太は僕の中を激しく深く突き上げる。こんなトコでシてるからか、なんだか変なテンションになってしまって、僕は紘太から離れたくない。  ずっと、ずっと、こうして。紘太と密着していたい。  「こうたぁ……」 「恵介……恵介………俺の、俺の………嫁になって」  紘太の耳元で囁く声が、胸と、おなかにずんって響いて……感じて……一気に体が熱くなってきた。 「もち……ろん……こうた…….愛してる」  そうだ……ずっと前から、僕は紘太が大好きで、そばにいたくて。だから僕は、紘太の嫁になることを選んだんだ。 「恵介、そろそろ起きなよ。遅刻するぞ?」 「……う……ん…紘太……」 「何?」 「……おまえ、僕が寝落ちしてる時に、何回シた?」 「3回、くらい、かな?」 「……いい加減にしろよ、おまえ。腰がスッこ抜けて立てないじゃないか」 「ごめん、ごめん」 「……ごめんじゃねぇよ」 「だって新婚さんだろ、俺たち?しょうがねぇよ」 「……んの、サル!!」 「恵介だって、寝てるのによがっててかわいかったよ?」 「……っ!!」  僕が紘太の嫁になって、もうすぐ一カ月たとうとしている。  僕はあの時、咄嗟に嘘をついた。その結果、距離のあった相思相愛の僕たちは、一気に距離ゼロmmの相思相愛になる。  オール〝優〟をオール〝良〟以上って、嘘をついて。僕自身、紘太から離れたくなかったし、なにより、あんなに傷付いた紘太をこれ以上見たくなかったし。  あの嘘は、僕たちを救った、ついてもいい嘘だと思ったんだ。  きっと、正解。後悔なんてしない、嘘。  あれから、僕たちは意を決していろんな行動を起こす。まず、2人して実家を出ることにした。 「紘太がひきこもりをカンペキに脱するため」と口ではナントカ言っていたけど、要は父母を気にしないで堂々とエッチなコトがしたかったから。  紘太の言うとおり、僕だって新婚生活を満喫したかったんだよ……こう考えると、僕もたいがいだな。  そうしているうちに、自然と紘太のひきこもりの原因を聞き出すこともできた。  まさか、それに僕が絡んでるなんて思いもよらなかったけどさ。  遡ること、三年前。紘太は、友達が発した言葉に、ショックすぎて真っ白になったらしい。 「あれ、紘太の兄ちゃん? めっちゃキレイだなぁ。似てないから紘太の恋人かと思ったよ。まぁ、紘太はソッチ系じゃないから、それはないけどさ。それにしてもおまえの兄ちゃん、すげぇ美人! そこら辺の女よっか爆イケじゃん! 名前なんていうの? ノンケ? 恋人はいるの? 男に興味ない? ねぇねぇ、教えてよ~」  兄がそんな目で見られていたなんて……。  しかも兄をそんな目で見ているヤツと友達だったなんて……。しかも、そんなことを言われて「兄である恵介を寝取られる」という危機感を抱いてしまうなんて……。  紘太が感じた違和感は、紘太をさらに押しつぶし始める。  そんな友達の言動で、弟なのに兄である僕をめちゃめちゃ好きだってことに気付かされるなんて……!色んなコトと色んな感情が一気に紘太を襲ってきて、紘太はそのまま家から一歩も出られなくなった。  兄が好きーーだなんて!! でも!!  このままじゃ、いけない。いけないけど、外の色んなものが紘太を見ているんじゃないかと思うと、怖くて家から出られない。  そこの考えを突き詰めると、紘太は何故か僕を守らなきゃ、と言う境地に達したらしく。できる範囲で、恵介を守るためには何をしたらいいか、ひきこもりの3年間、悶々と1人修羅場っていたようだ。  ……で結果、思いついたのが。恵介を守るためにとりあえず体を鍛えて、恵介の為に家事全般をカンペキに覚えて。  いつでも僕を守れる準備ができたって思えるようになった矢先。無自覚に紘太を挑発して誘ってきた僕に我慢ができなくなって……襲ってしまったらしい。  しかも、結婚しようって。  嫁になれって。  紘太自身が胸の奥にしまっていた願望と感情を爆発させて……胸の内を暴露した紘太は。僕に向かって静かに「ごめん」と言った。  そして、僕は改めて気付かされる。  僕が、原因なんだ!!  腐女子好みの僕は、無自覚に男を惹きつけるフェロモンをダダ漏れさせているということに!!  そんなのを嗅ぎ分けられるなんて、あのかわいい腐女子、タダモノじゃないな……相当な手練れだ。  僕のフェロモンに惹きつけられた内村とも、あの後、僕はちゃんと話しをした。まぁ、「おなかが痛い」って言って逃げ出した僕が悪いんだけどさぁ。  ちゃんと、言った。  弟が好きだと言うこと。その気持ちはこの先も変わらないし、内村の気持ちには答えられないこと。  全て、正直に内村に伝えた。女の子にフラれることはあっても、男をフッたことなんて初めてのことだったから。平静を装いつつも、僕の心臓は張り裂けんばかりに強く鼓動して……極度の緊張からか、倒れるんじゃないかって思った。  多分、僕くらいじゃないのか? 堂々と、男をフッたのって。  「ま、そんな気はしてたんだよな……。でもさ、俺は多分これから先も恵介が好きだと思う。恵介と一緒でこの気持ちは簡単には変わらないからさ……。悩みとか上手くいかない時とか、今までどおり全然頼ってもらっていいから。な、恵介」  内村は、フラれたのにしゃんとしてて。 女の子にフラれるたびにぬらぬらしていた僕なんかよりずっと大人で。内村がにっこり笑って右手を差し出すから……。 「内村、ありがとう」って、僕はその手を握り返したんだ。  ブルッとーー。  ポケットに入れていたスマホが、短く震える。 『今日は早く授業が終わるから、俺なんか飯作るけど、何がいい?』  スマホの画面にポップアップされた紘太からの通知に触れて、僕は思わずニヤけながら返信する。 〝なんでもいいよ〟 『それが一番困るんだけど』  って、おまえは新妻か……。 〝じゃあ、からあげ〟 『了解!!早く帰ってこいよ。待ってるから』   だから、おまえは新妻かって……。 〝わかったよ。定時に上がれるように頑張るから〟 って、ニヤけながら返信する僕も。たいがい紘太に流されて。紘太が大好きで……。  たいがいキちゃってんな、マジでって思った。 「はぁ……こう…た……ソコ、ダメ………」  深いキス紘太のキスからようやく口が解放された僕は、僕の中を指で弾く紘太に、息も絶え絶えに訴えた。紘太は僕の一番感じるところを知っているから。 さらに、その扱いが上手くなってきて、僕の胸を舌で転がしたり、身体中のありとあらゆる性感帯を紘太に開発されて、僕はドロドロにハマってイカされる。  ちょっと、まてよ? 新婚さんって、もっと爽やかなもんなんじゃないのか???  新婚さんって、もっと初々しいもんなんじゃないのか???  って新婚さんって、いつまで続くんだ??? 「恵介……そんな顔すんなよ……。余計、ムラムラする」  僕の中に何本って入っていた紘太の指が抜かれて。代わりに中いっぱいに隙間なく、熱くて硬くて太いのが、グッと勢いよく入ってきた。たまらず、体が反り返る。 「んぁあっ! や、やぁ……っあ……」 「イヤなの?」 「やぁ……おく……あた…る」 「やめる?」  こんなにしといて……やめる、なんて。僕は紘太の首に両腕を回した。 「イジ……ワル……言うなよ……」 「だから、そんな顔するなって……ムラムラが止まんなくなるって……イジワル、したくなるって……」 「だって……」  紘太は僕の頰を両手で覆って、唇をついばむように優しくキスして、深く舌を絡める。  僕は、これが好きなんだ。紘太とつながっていて紘太の体温や鼓動を感じて。  ずっと、ずっと、こうしていたい………。 「恵介、愛してる。ずっとそばにいて」 「紘太……僕、おまえの……兄…ちゃん、なのに……僕……本当に……おまえの嫁で、いい?ずっと、嫁に……してくれる?」  紘太は僕ににっこり笑うと、優しく言った。 「もちろん、俺は恵介しかいらない」  そして、また、唇を重ねて。紘太が下からスピードをあげて、奥深くを揺らしながら突き上げるから。僕はつい、つま先に力を入れて、腰を浮かせてしまった。  ひきこもりだった弟に「嫁になれ!」って迫られて。そんな弟に惹きつけられた僕は「嫁にして」って弟に迫って。普通じゃ、絶対にないシチュエーションだけど。  僕は……僕と紘太は、今、本当に充実していて、幸せで。 これから先も、こんな感じで過ごせたらなって……。 まぁ、あれだ。  唯一の懸案事項である、京田家の将来のことは……ボチボチ考えよう。

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