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第5話 紘太、念願の就職編

✴︎  福岡は、久しぶりだ。実のところ、僕は結構、好きだったりする。だって、福岡のご飯やお土産のお菓子は美味しいし。箱にたくさん入ってる甘くておいしいお菓子が好きなんだよな、紘太は。  いつもは僕のことを〝嫁〟と言ってはばからない。クールでカッコいい紘太が、お菓子を食べるとふにゃふにゃ顔が崩れる。そんな紘太の顔がダイレクトに頭に浮かんできて、思わず顔がニヤけてしまった。 「京田さん! どうしたんですか? にこにこして!ひょっとして京田さんも楽しいんですか!? 嬉しいなぁ」  次の得意先に向かう道すがら。大原が僕より満面の笑みを浮かべて、僕に話しかける。  ……楽しい? そもそも仕事だろ? なんで、嬉しいんだよ。どうせなら、紘太と来たかったよ、本当。  僕は今、新人の大原を連れ立って福岡に出張にきている。昼過ぎに福岡についた僕と新人の大原は。そのまま一社目の得意先に挨拶に行って、少し遅い昼食をとってからまた、次の得意先に挨拶に行く。  この大原……その間、ずっとしゃべってる。会社では普通な感じだったんだけど、初出張・初福岡で興奮しているのか。  得意先では名前を言ったらニコニコ笑って何もしゃべらないくせに。それが終わると、昼食中でも移動中でも、ガイドブック片手にしゃべりまる。そのマシンガントークは、未だとどまることを知らない。旅行に来てるのか、おまえは。 「さっきの担当の方、京田さん見て顔が真っ赤になってましたね!」 「そう、だったか?」 「〝京田さんですか?〟って声まで上ずっちゃってて、名刺を大事そうに眺めてましたよ?」 「そう」  第一印象でよく思われたら、営業だしそりゃ悪い気はしないけどさ。得意先への売り込みに来てるのに、おまえは一体何を観察してんだよ、大原。……まぁ、新人だし。初出張で浮かれてんのは、しょうがない。 「京田さん、夜何食べますか? もつ鍋もいいし、魚も食べたいし! ガイドブックを見てたら、正直迷っちゃって」 「宿泊先のホテルの近くに、安くておいしい居酒屋があるんだよ。そこなら、もつ鍋もあるし、刺身もあるし。福岡にきたらそこに行くって僕は決めてるんだけど、大原はどうする?」 「どうするって! 一緒に行くに決まってるじゃないですか!!」 「いや、食べたいの、いっぱいありそうだったから。1人で散策するのかなぁって。ホテルは中洲も近いしさ」 「〝中洲も近い〟? それ、どういう意味ですか?」 「知らない?」 「知りませんよ! 中洲には何があるんですか?!」  若干、大きな声で、大原は僕に詰問しだした。僕は大原を制すように、耳元に口を近づけて呟いた。 「ソープ街があるんだよ、中洲には」  僕の発言に大原は顔を真っ赤にして、体をのけぞらせる。 「まままま真っ昼間から、何言ってんですか!? 京田さんは!!」  何? この反応。ひょっとして、大原は童貞なんだろうか??? 「何って、おまえが聞いてきたんじゃないか」 「だからって!! ひょっとして、行ったことあるんですか? 京田さんは」  少し疑いのかかった目つきで、大原は僕を見た。 「おまえはまだ若いから知らないと思うけど、高いんだぞ? ソープって。一介の平社員がフラッと、そんなトコ行けるわけないじゃないか。そんなんにお金を使うくらいなら、ちょっといいモノ食べて、飲んで早く寝たいよ、僕は」  欲を言うなら、紘太と寝たい……なんだけど。 「……本当、ですか?」  大原は、まだ疑いの眼差しで僕を見る。 「本当だってば」 「……」 「おまえなぁ、いい加減信じろって。ほら、得意先の会社、着いたから。ココ終わったら早くホテルにチェックインして、飯食いに行こう、な。大原」 「……はい」  僕がソープとか変なコトを言ってしまったせいか。その後の大原は、なんか心ここに在らずというか。得意先でもニコニコ笑顔を振りまいてはいたものの、妙にソワソワしていて。大原が粗相をするんじゃないかって気が気じゃなかった僕は、いつもの出張以上に疲れてしまっていた。 〝紘太、今、ホテルに着いた〟  僕はネクタイを緩めて、紘太にメッセージを送った。 「はぁ、疲れたな………」  いつもなら。吐き出した小さな感情でさえ、紘太がいちいち拾ってくれて。「どうした? 恵介」って耳をくすぐるイイ声で僕に言ってくれるのに。そして、優しくそっと、唇を重ねるのに。……あたり前だけど、ここには紘太はいない。  ほどほどな広さの部屋。置かれたベッドに腰掛けてたタイミングで、スマホが大きく振動した。 「もしもし?紘太?」 『恵介っ!! 大原に何もされてないか?!』  ……開口一番、何だよソレ。いくら僕が、無自覚に男を引き寄せるフェロモンをダダ漏れさせているとはいえ。後輩まで引き寄せてるつもりはないよ。 「何でそうなるんだよ」 『いや……恵介があまりにも、心配で』 「何もねぇよ」 『いーや! 夜は今からだからな!? 気をつけろよ!? マジで!! いやマジで、本当!!」 「安心しろよ、部屋は別だから」 『あたりまえだっ!!』  この、日常のやりとりが。さっきまで、僕に重くのしかかっていた疲れを、一気に吹き飛ばしてくれた。 「紘太は……紘太は今日はどうするの?」 『内村先輩と飲みに行く』 「そうか、あんまり飲みすぎるなよ? 明日も仕事なんだからさ」 『わかってるよ。俺より恵介の方が心配なんだよ。明日が、仕事じゃなきゃ……そっちにすっとんでいくのに……』  紘太のスマホ越しの声が本当に寂しそうに聞こえて……。僕は女の子みたいに胸がキュンとしたんだ。  僕だって、紘太に会いたいよ……紘太。 「僕も、だよ」 『恵介………』 「明日、おまえが好きなお菓子たくさん買って帰るからさ。ちゃんと、待ってろよ」 『分かってるよ……恵介、愛してる』 「僕も…….愛してる」  ん? ちょっとまてよ!? 僕はまだいい。紘太は一体どこで、この恥ずかしい言葉を言ってるんだ???……ま、いいけど。 『っていうか! 大原には絶対気をつけろよっ!!』 「って、まだ言うかおまえはっ!!」 「キャナルシティも近いのに、こんなに美味しくて安くて。よくこういうお店見つけましたね」  ビールジョッキを片手に、大原は目を丸くして居酒屋の店内を見渡した。テーブルには、大原がどうしても食べたかった、もつ鍋と刺身。二人分でもおなかいっぱいになるくらい、量もあっておいしいのにリーズナブルで。普通の庶民にはありがたいお店なんだ、ここは。 「前にタクシーの運転手さんに教えてもらったんだよ。ガイドブックにはのってない穴場的なお店は、そういう人の方が詳しいからね」  僕は少し自慢げに。 いか明太をツマミにながらビールをちびちび飲んだ。せっかくなんだけど、ガバガバ飲んじゃいられない。明日も3社回らなきゃなんないし。  目の前でヘラヘラしている大原は、旅行気分で全くアテにならないし。ちょっとセーブしなきゃな、僕。 「京田さん」 「何?」 「オレ、今日一日全然役に立たなかったですけど。京田さん見て、すごく勉強になりました!! 今日は、ありがとうございました!!」  役に立ってないって言う自覚はあるんだな、コイツは。 「明日はおまえが説明してみる? 大原」 「!!」  僕の言葉にビックリした大原は。飲んでいたビールを変なとこにひっかけたみたいに、顔を真っ赤にして激しくむせ出した。 「……冗談だよ……大丈夫か?」 「じょうだんっ!! やめてくらさい!!」 「あははは! ごめんってば、大原」  ちょっとは、そんな風に思ってたけど。やっぱり大原は、いじり甲斐があっておもしろい。 「京田さんは、わかんない人だ……」 「え?」 「めちゃめちゃキレイな人なのに、真顔で冗談言ったり、そのキレイな顔を崩して笑ったり……。仕事もできて尊敬する先輩なのに、女子みたいにかわいいところがあって。京田がわかんないです、オレ」  ……大原?それは、僕を褒めてんのか? 貶してんのか? どっちなんだ? さては、酔ってんなコイツ。 「大原、酔ってんのか? なら、早くホテル帰ろ」 「京田さん!!……好きな人……いるんですか?」 僕の言葉を遮るようにして、唐突に大原から放たれた言葉に、一瞬、僕は硬直する。  なんで今、そんなこと? でも、その瞬間。紘太の顔がハッキリと頭に浮かんで。 「……いるよ。好きな人」  と、言い切ってしまった。 「いるのかぁ!!」 「な、なんだよ。なんなんだよ、大原」 「なんでも、なんでもないです!!」 「はぁ!?」 「あ、京田さん!! 唇に海苔ついてる。とってあげます」 「え?」  一瞬、だった。大原から目を離した瞬間。  僕の首に手を回した大原は、その冷たい唇を僕に重ねて……軽く舌を入れてくる。  ほんの一瞬の、出来事。  ビックリして、身動きが取れないでいると。大原はまたいつものニコニコした顔に戻っていて。のんきに「海苔、とれましたよっ!!」って無邪気に言った。 大原は……。僕のことが分からないって言ってとけど。この瞬間から、僕は大原が分からなくなったんだ。  結構、アルコールが回っていた旅行気分の大原とホテルの部屋の前で別れて、一人部屋に入る。つい……ドアチェーンまでかけてしまった。 『っていうか! 大原には絶対気をつけろよっ!!』 って、紘太が言ったのって、あながち間違いじゃなかったんだな。あんなトコであんなコトするなんて……まぁ、個室でよかったけどさ。  普通、口についた海苔をキスしてとるか???  ましてや、舌なんて入れる必要ないだろ???  僕はベッドに体を投げ出して、大原の感触が残る唇を手で何度も拭った。 「……紘太ぁ」  紘太に……会いたい。  紘太の声が聞きたい。  紘太に……ギュッと、してもらいたい。  僕は、いい大人なのに。大原にキスされただけで、ショックで、苦しくて。情けないけど、泣いてしまっていた。泣いたら……目が腫れるってのに。 「……こう……た」  今日ほど。気持ちとか繋がりとか形の無い愛の証じゃない。はっきりとした、〝僕は紘太の嫁だ!〟って言う形のある愛の証が欲しいと思ったことはない。  なんでも、いい。お揃いのネクタイとか、名刺入れとか。何か一つ、紘太を近くに感じられて。互いの気持ちを共有できる何かが、欲しかったんだ。 ✴︎ 「ただいま」  いつもよりちょっと疲れているような。そんな恵介の声が玄関先から聞こえて。俺は、飼い主が帰ってきて、いてもたってもいらない犬みたいに。 そんな表現がピッタリな感じで、恵介を玄関先まで迎えに行く。 「おかえり! 疲れた?」 「うん……疲れた。……あ、お土産」  恵介は力なく、俺に大きな紙袋を差し出した。  あ!! これっ!! 「俺が好きなお菓子っ!! お茶いれて食べようぜ」 「……あと、これ」  そう言って、恵介はポケットの中から小さな紙袋を俺に渡す。 「時間があんまりなかったから……しょうもないモノなんだけど」  小さな紙袋の中から出てきたのは、赤い楕円形の物体がヒゲをつけたキャラクターのストラップ。小さい頃から、変なのを買ってくるなとは思ってたけど。なかなかシュールなものを買ってきたな。 「ありがとう。これ何?」 「明太子のキャラクターなんだって。ちなみに……僕と……お揃い」  え? お揃い……? それで、これをセレクト?  顔を赤らめて、俺から恥ずかしそうに視線を逸らして。恋人に対して最高のプレゼントをした的な、そんな表情で照れていて。荷物を床に落とした恵介は、俺に急に抱きついて、深いキスをしてきた。恵介が、感情に任せてそんなことするなんてめずらしい。よっぽど寂しかったのか。それとも何かあったのか。 「お揃い……欲しかったんだ、僕。……紘太と、お揃い」 「恵介……」 「変だと思ってる?」 「え……いや、かわいいよ? うん、かわいい」  多少、自覚はあるらしい恵介は、悲しそうに瞳を揺らして俺を見る。  そんな……恵介が買ってくれたものは無条件でマストアイテムなのに。そんな顔をして俺を見る恵介が、めちゃめちゃいじらしくて。めちゃめちゃかわいくて。俺の嫁、最高に最高で。ぎゅっと抱きしめて、思わず言ってしまった。 「土曜日さ、今度の土曜日さ。一緒にお揃いの……何か買いに行こうか、恵介」  お風呂でも、ベッドでも。たった二日会わなかっただけで。俺たちはどうしてこうも、燃え上がるように激しくなるんだろう。恵介は出張で疲れているはずなのに、何かに取り憑かれたように一心不乱に俺を貪る。  なんか、あったな……絶対。  口を割らすべきか、否か。恵介から言うのを待つか。いや、例えそれが俺にとって、またひきこもりになってしまうくらい衝撃的なコトでも。  恵介は俺の嫁だし。俺が恵介の全部を知らなきゃ、夫婦じゃないって思ったんだ。 「……恵介、何かあったんだろ」  俺は、恵介を激しく揺らしながら言った。 「……やっ!! あぁ、んっ!! こう、たぁ……」 「隠すな、よ! 正直に言えって、恵介!!」 「………こ、た……こうた…ぁあ……」  今にも泣きだしそうな顔をした恵介は、俺の攻めに必死にこらえる。 「怒らないから……嫌いにならないから……正直に言えよ、恵介」 「……ほん…と?」 「ああ、本当。本当だから」 「……きらいに……なら、ない?」 「ならないから。大丈夫だから。恵介!」  目に涙をいっぱいにためた恵介が、ぎゅっと目を瞑ると。その目尻から涙がポロッとこぼれ落ちた。 「……キス」 「……え?」 「キス……された。口についた、海苔とるからって……大原に、キスされた……」  ……はぁぁぁっ!? キスーっ!? はぁぁぁっ!? って心の中で叫んだと同時に、恵介を強く突きすぎてしまって。「ひぁあっ!!」って叫んで恵介は体を仰け反らた。俺は恵介の中にこの二日間、溜まりに溜まったものを出し尽くしてしまった。 「……紘太に。紘太に、あんだけ言われていたのに……急だったし、一瞬だったし。もう、僕、どうしたらいいか……分かんなくて」  恵介は両腕で顔を隠して、微妙な涙声で切々と語る。  しばらく前の俺だったら。間違いなく、ひきこもり生活に逆戻りしていたんじゃないかって。  それくらい、ショックだった。でも、でもさ……。信じていた後輩に、不意打ちにキスされて。日頃、サバサバしていて、こんな風に取り乱したりしない恵介なんだ。恵介が一番ショックだったに、違いない。  多分、俺以上に恵介の方がショックだったんだって思ったら。恵介を、嫁を守らなきゃいけない立場の俺がひきこもってたりなんかしたら! 恵介が余計、傷つくと思ったんだ。  こ、ここは。多少無理をしても、〝男〟を見せなければ!! 広くて深い、〝男の器〟を見せなければ! !  恵介の両腕をそっと握って、その手を恵介の顔から引き剥がした。 「恵介、つらかったな……」 「……紘太ぁ」  恵介が涙をポロポロ流しながら、俺にしがみつく。 「もう、何も心配することはない。安心していいよ、恵介」 「……紘太」  恵介は俺の体に回した腕に力を入れる。その細い体を俺に密着させると、声を殺して泣き始めたんだ。  恵介の体をゆっくりと摩っていると。俺は、大原に対する怒りがフツフツと湧いてきた。  しかし……許せねぇ、大原ぁぁ! 「僕にあんなこと、したのにも拘らず。酔っ払ってたのか、すっぽり記憶を消してしまったのか。大原はいつもの大原でさ……。しかも、得意先でちゃんと話しもし出してさ。僕、もう、わけわかんなって。僕だけ一人悶々としてて、大原はなんかスッキリしてて………やんなっちゃうよ、もう」  俺の腕の中で、ひとしきり思いの丈を語った恵介は、憂いを帯びたキレイな顔をして。俺の肩におでこをくっつけた。 「恵介……」 「ごめんな……ごめんなさい、紘太。僕、やっぱ隙だらけだ……」 「気にするな……俺は、恵介が無事ならそれでいいから」 「ありがとう、紘太」 「いや、気にすんな」 「……ねぇ、紘太」  恵介は、〝必殺!上目使い〟で俺を見上げた。  だから、その顔……他のヤツにするなよって。 「大原を……嫌いになるなよ……?」 「え?」 「同期って、大事だから……」 「……恵介」 「だからさ……紘太。……もっかい、シよ?」  だからさって、どういうことだ??  なんで……エッチ、シよ? になるのかわかんないけど。いつもより俺からくっついて離れない恵介を強く抱きしめて、深いキスをした。  恵介に、そんな言われてもなぁ。俺は、恵介を泣くほど困らせた大原が、憎くて憎くて。今すぐにでもスイス銀行にお金を振り込んで、表情の変わらない腕っ節のいいスナイパーを雇いたくなったんだ。 「それな。スナイパーを雇いたくなるわな、そりゃ」  内村は自作のタコさんウインナーを頬張りながら、心底俺に同情してくれた。総務課唯一の〝弁当男子〟の俺たちは。執務室の隅っこにあるミーティングテーブルで、いつも弁当を囲んで昼休みを過ごす。この時間、女子はみんなしてランチに外に出るから、執務室に残っているのは俺たちだけしかいなくて。俺は身の上に起きたことを、内村にいつも聞いてもらっている。まぁ、主に恵介のことが、内容的に多いけどさ。 「やっぱそうですよね? 俺、間違ってないですよね?」  俺の意見に同情してくれた内村につい嬉しさがこみ上げてきて。俺は、ウサギの形に切ったりんごを噛み切るように言った。  今も。恵介に起こった身の上話を、兄のような存在でありライバルでもある内村に話していたんだ。 「しかし、そいつ。随分手慣れてるつーか、よくもまぁそんなことできるよなぁ。俺なんか恵介に嫌われるのが怖くて、したくてもできなかったぞ?」 「普通はそうだと思うんですけどね」 「で、恵介はどうだった?」 「やっぱりショックだったみたいで。その日の夜は、思い出してはウルウルしてたんですけど、次の日の朝は案外ケロッとしてて。それに……」 「それに?」 〝それに〟って、自分で続けておいて、俺は後悔した。余計なことを、口走った……。 「……いや、なんでもないです」  内村の箸がとまる。 「そこまで言って止めんなよ」 「あ…あぁ、そっから先は単なるノロケになるんで……」 「ムカつくけど、聞きたい」 「え?」 「そこまで言いかけたお前が悪い。紘太、早く言え!」  内村の圧が強くて。俺は口を割らされたみたいに、つい、ノロケを口にしてしまった。 「恵介が『お揃いの何かが欲しい』って言うから……その」 「その、なんだよ?」 「セミオーダーのネックレスを……」 「……ひょっとして、今もつけてるのか?」 「……はい」 「恵介も?」 「……はい」 「話の続きをするならば、〝お揃いのネックレスを買って、さらに恵介が浮上してきた〟ってことでいいんだな? 紘太」 「さすが先輩は、恵介のこととなると鋭いですね! 大正解です!!」 「おい、紘太。俺は今、スナイパーをものすごく雇いたくなったぞ?」  内村の言葉に俺は思わず笑って、それにつられて内村も笑って。  内村がいなかったら、とか。恵介が嫁になってくれなかったら、とか。俺の周りの人は俺のプラスに作用して、俺はもうひきこもりにならないって、漠然と、そう思ったんだ。 「恵介、この間の出張旅費の精算をしたいんだけど、ここに印鑑もらえる?」  仕事……表向きは、あくまでも仕事で。俺は大原の偵察に営業二課のフロアに足を踏み入れた。 「……紘太、おまえ」 「なんだよ」 「目立ってる、って自覚。あるか?」  恵介が席を立って俺に視線を合わせた後、周囲にその視線をなげる。つられて周囲を見回すと、女子という女子がこっちを見て………というか凝視している。中には、俺と恵介を交互に見比べて、妄想しているかのような表情をしている女子もいて。総務課の女子と、なんだか毛色が違う。 「ただでさえ、イケてんだから……僕を、不安にさせんなよ」  小さな、とても小さな声で。恵介は俺の耳元に口を近づけて言った。  恵介。おまえの方が、無自覚なんだよ……本当。距離が近い、だから、相手をドキッとさせる。そういう行動が、腐女子の妄想を掻き立てる。いろんなヤツのオカズにされても、文句は言えないな、こりゃ。 「自覚、してるよ。自己分析力はあるんだよ、恵介より」 「……まぁ、な」 「大原の分もあるんだけど、大原は?」 「今、席外してる。大原の分の旅費の精算、預かっとくよ。あとで大原に持って行かせるように言うから」 「わかった。……恵介、大丈夫か?平気そうか?」 「うん、大丈夫」  恵介はにっこり笑うと、また俺の耳元に口を近づけて小さく囁いた。 「紘太が近くにいるからな、大丈夫だよ」  だからさ、俺は嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど、そういうの周りが変な妄想をして喜んじゃうから、マジでやめろって。 「紘太! 悪いな、オレ席外してて!!」  総務課に大原の無駄に元気な声が響きわたる。響き渡っているというのに。総務課の女の子たちは、大原に視線を一度向けると、すぐ向き直ってまた仕事に戻った。営業二課と総務課と、決定的に違うトコは女子のその反応にある。  興味のない人には、とことん興味がないのが総務課の女子で。興味がなくても、些細なきっかけで興味を持つのが営業二課の女子で。大原、おまえには悪いけど、総務課ではそんなに興味がなかったようだ。まぁ、大原もそこそこイケてると思うよ、俺は。 「いや、悪いな。わざわざありがとう」 「初出張、めちゃくちゃ楽しかったよー!!」 「楽しかったって、仕事で行ったんじゃないのかよ」 「仕事が楽しかったんだよ! 紘太のお兄さんとも一緒にいれてさぁ」  大原の、不用意な一言に。内村が怒りの炎を宿した目で大原を睨んで。一方俺は大原の発言に固まって。その微妙な空気を読めないのか。大原は全く気にせずニコニコ笑って、俺との距離を詰めると俺に言ったんだ。 「恵介さん、好きな人いるんだって? 紘太、おまえ知ってる? 知ってるなら教えてくれよ。オレ、マジで、恵介さん好きになっちゃったんだ」  コイツは、わかってて言ってんのか? それとも、素で、天然で言ってんのか? 恵介が言ったことが分かった気がした。  人当たりがよくて、単純そうにみえるニコニコした笑顔のウラにどういう感情を隠しているのか、本当に分からない。大原が、わからない。こういう感情を他人に持つなんて、自分自身がいやになる。他人がイヤだとか、コワイとかなんて、今まで嫌と言うほどあった。あったんだけど、〝キライ〟って思ったのは、今目の前にいるコイツが初めてかもしれない。 「んぁ……あ……こう、たぁ」  ベッドにうつ伏せになって、シーツを握りしめた恵介は肩越しに俺を見た。ズブズブとした中を上下にかき乱すたびに、恵介の胸元で揺れるネックレスが俺のところからも丸見えで。  ヤバい、めっちゃ色っぽい。  おかしくなりそうなくらい、そそる。  そうしてる中でも。何故か大原のあの意味深な笑顔が脳裏に浮かんでは消えて、振り払ってもまた現れて。恵介は俺のだって分かってるのに、危なかっかしい恵介にその薄黒い感情をぶつけてしまいそうで……俺が、不安定になっている。俺は無理矢理に恵介を起こして、仰向けに寝た俺の上に座らせた。 「恵介……自分で入れて、自分で動いてみなよ」 「紘太……」  恵介は少し困った顔をした。それでも、俺に言われたとおり、ギンギンになっている俺のを手に、恵介自身の中に入れようと腰を浮かす。 「……ん、は…いんな……」 「ほら、頑張んなよ。恵介」 「……いじわる……いうなよ……」  顔を赤らめて、泣きそうに瞳を潤ませた恵介は、そう言われながらも懸命に、俺の言うことをやろうとして。その恵介の姿に俺は、胸が苦しくなったんだ。  ……恵介は、健気な嫁なのに。その健気さを逆手にとって、俺はイジワルをしてしまった。恵介の細い腰を掴んで、俺は恵介の中に一気に入れて突き上げる。 「っやぁ!!」  恵介の背中がしなって、その手の爪が俺の腹に食い込む。 「恵介……っ!!」 「紘太っ!!………おく、して!!」 「……俺のだ!……恵介はっ!!」 「あ、たり……まえっ!!……紘太しか!!いらないっ!!」 「恵介!!」 「つよくっ!!……シて………紘太っ!!」  恵介は、カンがいい。昔から、小さい頃からそう。俺の感情の細部まで察知して、俺に対して最善の努力と愛情を注いでくれる。  だから、今も。俺の不安定さを、くみ取ったに違いない。俺は、恵介の反り上がった細い体をきつく抱きしめた。  ごめん、恵介。口には出せないけど……。心の中でしか謝ることができないけど。だから、こうして強く抱きしめることしかできない自分が不甲斐ないんだ。

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