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第5話
数日後――銀嶺が仕事を終えてスタジオの外へ出ると、驚いたことに音羽がいた。
「音羽さん!久し振りですね……あの、どうしたんです?こんな所に」
「相模に頼まれて銀嶺さんを迎えに来た」
「え……?」
相模が?どうしたというのだろう。
「あの男はなにやら仕事が忙しいとかで、夜は暫く出向けないそうだ。代わりに自分が、ちゃんと家まで送り届けろと言われている」
「そんな……それでわざわざ来てくださったんですか……?」
忙しいって……なぜ?銀嶺は不安になった。相模は今まで、銀嶺のスケジュールに合わせて自分の仕事を入れていた。それができなくなったということなのだろうか……?
音羽は小さくて奇妙な形のトラックでやって来ていた。タイヤが三つしかない……ドアに古めかしい書体で骨牌 堂と書かれている。
「これ、お店の?」
「そう」
「なんだか……珍しい形の車ですねえ」
「店主がどこかから手に入れて来た物だ。定員は二人だけだし、馬力が無いので高速や急な坂道の走行はできないが、仕入れや顧客への配達には事足りている」
窮屈な座席へ乗り込み、音羽がエンジンをスタートさせる。高級車に慣れている銀嶺はその振動にちょっと驚いた――こんなにがたがたして壊れないんだろうか?
トラックは運転席の様子も普通の車とは異なっており、ハンドルの横になにやら細長いバーが何本か並んで突き出していた。銀嶺にはわけのわからないその装置を器用に操る音羽の手つきを眺めながら、ふと相模のことを想った――彼もこういった類の機械の扱いは得意なはずだ。ここの星ではまだ免許が無いので、運転などはさせてはもらえないようだが――気付いて銀嶺は尋ねた。
「そういえば――音羽さん、免許取ったんですね」
エンジンがうるさいので、少々声を張り上げねばならない。
「ああ」
「お金、かかったんではないですか?」
「この車に限っては、そうではない。これは一般の車両とは扱いが違うらしい」
「へえ……?」
「うちの収入では自家用車の所有は経済的に難しいと思い、ずっと断念していたのだが、店主が――都市部業務用特殊車両法というものがある、とどこからか伝え聞いてきた。低所得の商売人にしか適用されないらしいが、駐車場がなくてもよく、免許も安く取れるという法案だ。だが現在は基準に適うエンジンが生産されていなくて、利用する人間が殆どいない。法も廃れほとんど忘れ去られていたようだが、確認したら撤廃にはなっていなかった。役所は適用車両さえあれば使って構わないと言う。そこで店主が八方手を尽くし、これを探し出してきたというわけだ」
「そうなんですか……じゃあ津黒さん、だいぶ苦労されたんじゃないですか?」
「だと思う」
音羽は答えた。
「以前自分が、車があれば仕事が楽になるのにと店主にこぼしたことがあって――彼はそれを覚えていたのだ」
「ではこの車は……津黒さんが、音羽さんのために……」
銀嶺は、金属パネルがむき出しのトラックの窓枠にそっと手を置いた。
最初はやかましいだけと思われたエンジンの騒音と振動が、愛嬌があって親しみの持てるものに感じられてくる。人間の男性にだって――こんな風に人造生命体に対して深い思い遣りを持つ人はいるのだ――
「津黒さんて……とても優しい方なんですね……」
「ああ」
音羽は即座に頷いて、それを認めた。
音羽に送られて家に着いて後、深夜近くなってようやく相模が帰ってきた――ひどくくたびれているようだ。急に忙しくなった理由を尋ねたが、ちょっとやりたい仕事があったから、と答えるだけでにごしてしまい、詳しく話そうとはしない。銀嶺は不安のあまり、それ以上訊くことができなかった。
ひょっとして……相模はここから出て行きたくなってしまったのでは?もしかして、今の仕事はその為の資金作り?そしてそれは――この間の彼に対する自分の行為のせいではないだろうか――
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