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第5話

午後の作業を終え、一日の仕事が終わる。 防塵服を脱げば、籠もっていた熱気が一気に解放され、ひんやりとした空気に心地良さを感じた。 スポーツジムにあるような、個々に仕切りのある形式のシャワールーム。 ベトベトした汗。纏わり付く、特有の臭い。それらを、泡立てた石鹸で一気に洗い流せば、地の底を這うような気持ちが、少しだけ上向く。 ──それでも…… ザァ── 壁に手をつき、項垂れた格好で頭からシャワーを被る。 「……」 出向が決まる前から、カズには中々打ち明けられずにいた。 最初は、遠慮から──決まってもいないうちから話して、余計な心配を掛けたくなくて。 でも、そのうちにカズの方が忙しくなって。帰らない日も増えて。 生活リズムのズレから……すれ違っていく、お互いの気持ち。 最後に肌を重ねたのは、いつだろう。 挨拶と用件以外の言葉しか交わさなくなったのは、いつから……? 出向の前日になって、正式にメンバー入りが決まった。 大事な話がある、とメッセージを入れたけど、既読のまま返信もなく──結局、カズは帰って来なかった。 『行ってきます』 そう置き手紙をした横に、美味しくなさそうな、季節外れの赤い林檎をひとつ。 あの時と同じように。 心配掛けたくなかったのに。……どうしてそんな事、しちゃったんだろう…… 焦って、また僕を探してくれるかもしれない。……そんな、浅はかながら淡い期待をしてしまったのかも…… ここは厳重警戒が成されていて、例えカズが訪ねて来たとしても、知らぬ存ぜぬと隠し通され追い払われる。 一定期間を乗り越え作業が終了したとしても、政府からの指示が出ない限り、勝手に家には帰れない。 勿論、ゆりかご跡地にいる間、外部に情報が漏れないよう、電子機器類は全て没収されていて、手元に携帯は無い。 カズとまともに話せないまま、関係が壊れてしまうかもしれない。 カズと、カズがプライベートな時間を削ってまで支えている、女性患者との距離が縮まったら……僕の居場所は、無くなってしまう。 ……そしたらもう、友達になんか戻れない。 僕にはもう、誰もいない。 家族も、友達も。みんな……みんな………… 肌を伝うシャワーに混じる、熱い涙。 その音に上手く紛れる、僅かな嗚咽。 しゃがみ込んで、背中を小さく丸める。 毛先からポタポタと滴る雫。 シャワーを肩や背中に浴びながら、僕は、声にならない声で……泣いた。

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