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第9話
ドクン、ドクン……
間近で僕を見下ろす、先輩の双眸。
その瞳が真剣で、視線を逸らせない。
「……」
はぁ……はぁ……
先輩の、息遣い。瞳に宿る、劣情。
男らしい大きな手。身体に感じる重み。
何時ぶりだろう……こんな風に求められて、胸が熱く高鳴ったのは。
「……そういう、可愛い事言って、蕩けた顔してると……」
「……」
「こうして、食っちまうぞ」
瞼を薄く閉じた先輩がスッと近付き、僕の首筋に埋められ、一瞬柔く食まれる。
「ん……!」
「……って、冗談だ」
直ぐに顔を上げた先輩が、僕に優しく微笑む。
「……」
確か……以前にもこうして、化け物の真似して揶揄ってきた事があった。
でも……
そっと触れられた部分を、片手で覆い隠す。
瞬きを忘れて先輩を見つめ続ければ、茶化すように先輩が僕の前髪をくしゃりとする。
「身体拭いたら、ちゃんと寝ろ。
一人が淋しいなら……伊江が眠れるまで、ここにいてやるから」
「………」
ベッドサイドに腰を掛け、先輩が僕に背を向ける。
先輩の背中──広くて、大きい。
触れたい。あの大きな背中に。
しがみついて……一時でもいいから、安心したい。
僕は、ここに生きて……存在していいんだって。
そう言って、僕のこの苦しみを、強く抱き止めて欲しい。
あの日、カズがしてくれたように──
「………はい」
でも、そんな事できない。
先輩は大人で……ちゃんと一線を引いてくれている。
それを、壊しちゃ駄目だ。
すれ違ってしまっているとはいえ、僕はまだ……カズのものなんだから。
「……伊江」
遠くから聞こえる、声。
水中にいるような感覚の僕に、誰かが……声を掛けてるみたい。
「………寝たのか……?」
「ん……、」
そっと前髪を搔き上げられる。その指先が肌を掠め、妙にゾクッと身体が震える。
「可愛いな……お前」
「……」
「あんな顔して縋られたら……また俺のモンに、しちまいたくなるだろ」
「……」
「……解ってんのか。……伊江」
ギシ……
ベッドが軋む。
と、顔に影が掛かり、次いで何かがそっと唇に触れる。
「ぅ、ん……」
過ごしだけ硬くて、少しだけ熱い。
端に、硬質なものを感じて……それが指先だと感じた。
「………カズ」
顎を少しだけ持ち上げ、唇の門戸を柔く開き、そっと指先をしゃぶって求めた……のに。
……その感触が、スッと消えていく。
「……」
離れていく、気配。
どうして。カズ。
……もう、僕の事……嫌いになったの……?
僕を、見捨てるの……?
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