9 / 17

第9話

ドクン、ドクン…… 間近で僕を見下ろす、先輩の双眸。 その瞳が真剣で、視線を逸らせない。 「……」 はぁ……はぁ…… 先輩の、息遣い。瞳に宿る、劣情。 男らしい大きな手。身体に感じる重み。 何時ぶりだろう……こんな風に求められて、胸が熱く高鳴ったのは。 「……そういう、可愛い事言って、蕩けた顔してると……」 「……」 「こうして、食っちまうぞ」 瞼を薄く閉じた先輩がスッと近付き、僕の首筋に埋められ、一瞬柔く食まれる。 「ん……!」 「……って、冗談だ」 直ぐに顔を上げた先輩が、僕に優しく微笑む。 「……」 確か……以前にもこうして、化け物の真似して揶揄ってきた事があった。 でも…… そっと触れられた部分を、片手で覆い隠す。 瞬きを忘れて先輩を見つめ続ければ、茶化すように先輩が僕の前髪をくしゃりとする。 「身体拭いたら、ちゃんと寝ろ。 一人が淋しいなら……伊江が眠れるまで、ここにいてやるから」 「………」 ベッドサイドに腰を掛け、先輩が僕に背を向ける。 先輩の背中──広くて、大きい。 触れたい。あの大きな背中に。 しがみついて……一時でもいいから、安心したい。 僕は、ここに生きて……存在していいんだって。 そう言って、僕のこの苦しみを、強く抱き止めて欲しい。 あの日、カズがしてくれたように── 「………はい」 でも、そんな事できない。 先輩は大人で……ちゃんと一線を引いてくれている。 それを、壊しちゃ駄目だ。 すれ違ってしまっているとはいえ、僕はまだ……カズのものなんだから。 「……伊江」 遠くから聞こえる、声。 水中にいるような感覚の僕に、誰かが……声を掛けてるみたい。 「………寝たのか……?」 「ん……、」 そっと前髪を搔き上げられる。その指先が肌を掠め、妙にゾクッと身体が震える。 「可愛いな……お前」 「……」 「あんな顔して縋られたら……また俺のモンに、しちまいたくなるだろ」 「……」 「……解ってんのか。……伊江」 ギシ…… ベッドが軋む。 と、顔に影が掛かり、次いで何かがそっと唇に触れる。 「ぅ、ん……」 過ごしだけ硬くて、少しだけ熱い。 端に、硬質なものを感じて……それが指先だと感じた。 「………カズ」 顎を少しだけ持ち上げ、唇の門戸を柔く開き、そっと指先をしゃぶって求めた……のに。 ……その感触が、スッと消えていく。 「……」 離れていく、気配。 どうして。カズ。 ……もう、僕の事……嫌いになったの……? 僕を、見捨てるの……?

ともだちにシェアしよう!