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第14話

仕事を終え、本舎へと戻る。 食堂近くの休憩所。先輩に連れられるまま、そこに立ち寄る。 自販機が二台と長椅子が一脚。壁には禁煙と書かれた張り紙。先輩に促され長椅子に座れば、缶コーヒーを2本購入した先輩が隣に座る。 「飲むか?」 「……ありがとう、ございます」 ひとつを手渡され、先輩の顔色を窺いながらおずおずと受け取る。 「……昼間の件だが……」 「……」 「悪かったな。後輩の前で、いきなり怒鳴りつけちまって」 缶のプルタブを上げた先輩が、真っ直ぐ前を見ながら口を開く。 「………いえ。僕の不注意です。……すみませんでした」 先輩は優しい。 そういう所を、ちゃんと気に掛けてくれる。 「なぁ、伊江」 顔を伏せ、両手で缶コーヒーを握り締めていると、その缶をスッと奪い、先程開けたものを代わりに僕に寄越す。 「単刀直入に、聞くが……」 奪った方の缶を開けると、勢いよくごくごくと飲む。 良く動く喉仏。太い首に、広い肩幅。 今朝方、リアルな夢を見たせいか……男らしい身体つきと、石鹸の香りの中に漂う男らしい先輩の匂いに、ついクラクラとしてしまう。 「お前、このゆりかごで……何があった」 その言葉で、一瞬にして空気が変わる。 鋭い凶器が、トスンと容赦なく僕の心臓に突き刺さったかのよう。 「……」 再び、目を伏せる。 そのまま……何も答えられない。 息が、できない── 「前に一度、な。 酔ったお前を家まで運んだ事がある。そん時──偶然、見ちまったんだ。 ……このゆりかご内部の絵を。何枚も」 「……」 「まるでその場にいて、見たまんまの光景を描いたような……臨場感があった」 ………見られて、たんだ…… あの絵を、見られて…… 「前に、ジャーナリストから取材を受けた事があってな。……悪ぃ。ソイツに、ゆりかごとお前の事を、調べて貰った事がある」 「……」 そこまで言って、先輩が口を噤む。 もし全てを知っているなら、わざわざ聞いてきたりはしないだろう。 でも、恐らく大体の事は知ってる。 何処まで知っているかは、解らないけど── 「──5年前の学校帰り。 カズ……友人と乗ったバスが、突然襲われて。気が付いたら、ゆりかご施設内に……いました」 意を決し、ぽつりぽつりと話す。 「そこでは、人間が人間扱いされていなくて………僕は、訳が解らないまま部屋に閉じ込められて……化け物の、子供の餌にされて……」 「……」 「でも、その時……助けてくれた人達がいたんです」 ナツネくん。 それから、山引くん。 僕は、この二人が居なかったら……あのまま死んでいたかもしれない…… 「でも、その人達は……自分の身体を犠牲にして………」 涙が滲んで、勝手に溢れてくる。 ギュッと握り締めた手の甲に、ポタポタと落ちて止まらない。 「あの地下室に……」 「……」 「……地下室、に……」 僕の肩に、先輩の腕が掛けられる。そして懐へと収めるかのように、グッと僕を引き寄せる。 「……辛い話、させちまったな……」 「………」 ふわっと香る、先輩の匂い。 胸の奥がキュンとして、切なく震える。 そっと見上げれば、間近で僕を見下ろす……先輩の優しい瞳。 「……生きてて、良かった」 「……」 「お前がこうして、今を生きてて……」 先輩の手に、力が籠められる。 それと同時に、先輩の瞳が近付いて、僕を間近に覗き込み……もう片方の手が、僕の頬を優しく包む。 まるで、壊れ物にでも触れるかのように…… 「なぁ、伊江」 「……」 「お前が抱えている苦しみを、俺にも半分、分けてくれねぇか」 「………え」 涙で濡れた頬を指の腹で滑らせた後、先輩の唇がスッと近付き…… ──キス。 熱くなっていく頬。 そっと目を伏せれば、先輩の匂いと影が、直ぐそこまで迫り……… 「……ぷはぁっ!」 その時。 廊下から、後輩達の馬鹿デカい声が響いた。

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