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第15話

サッと離れる、先輩の手。 先程までのドキドキとした気持ちが中々静まらないまま、近付いてくる足音に聞き耳を立てた。 「やっぱ、サイダーは美味いな」 「あぁ……サイッコー!」 「……だよなぁ!」 食堂で貰ったんだろうか。 駄菓子屋で売っているような、何処か懐かしい青いビンサイダーをがぶ飲みする後輩達が、すぐそこの廊下を横切る。 昼間は青い顔をしていて、食事もろくに取れてなかったっていうのに。こうしてケロッと立ち直れる所を見ると、やっぱりイマドキの子なんだな……と、思ってしまう。 「あ、先輩!……と、伊江じゃん」 僕と目が合った狩野が、首だけでペコッと頭を下げる。 「……おい狩野。伊江″さん″、だろ」 「あー、そうっすね。すんませーん!」 その軽い口調通り、狩野が後頭部に手をやり、ちょこっと頭を下げる。 小柄で頼りない僕を舐めているんだろう、ニヤニヤとしながら。 「──おい、早くいくぞ」 そんな狩野を、香取が急かす。 と、慌てた狩野が二人の後を追う。まるで、金魚のフンのように。 「あ、そうだ。──先輩」 不意に、香取の足が止まる。振り返ったその顔は、口元を緩ませ普段と変わらないものの……目尻を鋭く吊り上げ、尖った視線を此方に向けた。 「何だ」 「………伊江を口説くんなら、場所、ちゃんとわきまえて下さいよ」 そう言った後、口に付けたサイダービンの底をグイッと持ち上げ、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干す。 「……」 一体、何処から見ていたんだろう。 心の中まで見透かされたようで……ゾクッと身体が震えて、止まらない。 カランッ…… 残りの二人の笑い声と共に、ビンの首元にある水色のビー玉が高い音を立てて転がる。 この場に似合わない、いやに爽やかな音で。 「……大丈夫か?」 部屋の前まで送ってくれた先輩が、優しく声を掛ける。そっと包み込んで寄り添うような声色。見上げれば、心配そうに見つめる先輩と目が合った。 「……」 何て、答えればいいんだろう。 ……淋しい……離れたくない…… でもそんな事を口にしたら、きっと戻れなくなってしまう。壊れてしまう──先輩との、今の関係が……… 「……そんな顔、すんなよ」 俯いた僕の視界に、先輩の手が入り込む。驚いて顔を上げれば、その手がスッと引っ込められ、苦笑いを浮かべる顔が瞳に映った。 後頭部に手をやる先輩。僕の煮え切らない態度に、……本当に困っているんだろう。 「ちゃんと、寝ろよ」 優しく僕の頭をぽんぽんとし、その手が離れていく。 「……」 くるりと背中を向け、その場から去ろうとする先輩の裾を、咄嗟に摘まんで引っ張った。驚いて振り返る先輩。その行動に、僕自身も驚く。 「………伊江?」 「あ、あの………少しだけ、寄っていきませんか……?」 こんなの、駄目──そう、頭では解っている、のに。 声も、指先も、息まで……震えて…… 「……」 ほら。先輩だって困ってるし。 早く手、離さないと…… 「………解った」 目を伏せた僕に、優しい声が降り注ぐ。 先輩の身体からふわりと香る、男らしい匂い。 先輩の、匂い── 「少しだけ、な……」

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