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第16話

パタン、とドアを閉める。 ついこの前──シャワールームで倒れた時も、この部屋で先輩と二人きりになったのに…… 何でだろう。今の方が緊張してて、ドキドキが止まらない。 先に部屋に入った先輩が、物珍しそうに部屋の中を見回す。造りはどの部屋も一緒なのに……等と思いながら、背を向けている先輩にそっと近付く。 「……椅子代わりに、ベッド使って下さい」 声に反応して振り返った先輩が、僕の顔をじっと見る。その真っ直ぐな視線に耐えきれず顔を逸らすと、ベッドの掛け布団を捲り上げ、下から覗いたベッドシーツの皺を両手で伸ばす。 「んじゃ、伊江も座れ」 綺麗に整えた場所の隣に、先輩がドカッと座る。 「………は、はい」 適正な距離を置き、慌ててそこに腰を下ろす。 休憩所の長椅子に座っていた時と全く同じ状況なのに、凄く緊張する。……顔が熱い。 「……さっきの話だが」 「……」 「こんな世界に変わっちまった頃、伊江はまだ学生だったんだな。……どんな感じだったんだろうなぁ」 此方を見ず、真っ直ぐ前を向く先輩の目尻が少し下がり、穏やかな色を含む。 僕の緊張を解そうとしてくれたんだろう。先輩らしい。 「………本当に、普通の平凡な男子高生ですよ。仲のいい友人がいて、好きな女の子がいて……」 「好きな……女?」 「はい。髪はショートで、とても活発な元気な子で……」 あれ──言いながら、ふと気付く。 瞬間記憶能力のある僕が、何故か彼女の顔をハッキリと思い出せない。 あの頃の僕は、確かに彼女の事が好きだった。密かに想いを寄せていて、恋心を募らせ、卒業式当日には告白しようとまで決めていたのに。 ……なのに。彼女の事を思い出そうとすればする程、その顔は── 「……先輩に、似てる……かも……」 「ハハッ。俺に似た女子って、どうなんだソレ」 僕の言葉に、先輩が吹き出す。 逞しくて男らしい先輩の太い腕。ふわりと香る、先輩の匂い。 そこから視線を外し、直ぐに目を伏せる。頬が、熱い。 「………あの、先輩」 「何だ?」 「少しだけ、寄り掛かっても……いいですか?」 ドクン……ドクン…… 『生きていてくれて、良かった』──カズもあの時、同じ事を言ってくれた。 酒浸りで引き籠もり、人として駄目になっていく僕を抱き締めて、正面から受け止めてくれた。僕がここにいる事を、否定もせず。 虚無感に襲われ、渇ききっていた僕の心に潤いを与えてくれて……それから── 「──!」 肩に手が回され、力強く先輩に引き寄せられる。 ふわりと鼻腔を擽る、先輩の匂い。柔らかな温もり。 ドクン……ドクン…… そっと先輩の横顔を盗み見れば、それに気付いた先輩が僕を見下ろす。 向けられたその瞳が、柔らかくて優しくて。視線を合わせたまま逸らせない。 逸らしたく、ない。 「……んな可愛い事言って、蕩けた顔してると……さっきの続き、すんぞ」 さっきの続き、って……? ぼんやりとしたまま、先輩を見つめる。 揶揄するように放たれたものの、僕を見下ろすその瞳は、真剣そのもので。 「………ん、」 「『ん、』って……お前……」 「……はい」 いけないって、解ってる。 そんな事をしたら、きっと止められなくなるって。 でも、今は……今だけは、先輩の優しさに溺れていたい──

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