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第一章・20
国中に発表されてしまった。
これでもう、逃げも隠れもできない。
パッサカリアは自室にこもり、ため息の毎日を送っていた。
鏡を見ても、表情を失くしてしまった人形のような顔。
心配した父や兄が、音楽で慰めようと毎夜のようにパッサカリアに演奏家を紹介してきた。
美しい音楽。妙なる調べ。礼儀正しい奏者。
ああ、でも。
そのようなお綺麗な物事に向き合うほどに、あの日の夜が思い出される。
猥雑な溜まり場。熱狂する聴衆。そして、憎めないあの無精髭。
本気で逃げよう、拒もうと思えば、いくらでも機会や方法はあったはずだ。
だのに、結局許した。あの自由奔放な男の魅力に負けた。
自由。
そう、私は自由の身ではない。
そしてフォルツァの元へ行けば、朝から晩まで猫のように撫でまわされる毎日が待っているはず。
籠の鳥が味わった、最初で最後の自由な一夜。
自由の象徴のような男だったジンガラ。
もう彼に会う事もない。会う事は叶わない。
涙が、一粒こぼれた。
それが、パッサカリアがこの国で流した最後の涙だった。
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