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第三章・3
だが、パッサカリアだけは違った。
にこりともせず、頑なに心を閉ざし続けた高潔な魂。
そんな彼を意のままにいたぶることは、フォルツァにとってこの上ない悦びだった。
「それを、あのドンガラの奴めが!」
突然怒りをあらわにしたフォルツァに周囲が竦み上がったその時、侍従がやってきた。
「陛下。放ちました諜報員から、連絡がございました。例の男の本名と居所を突き止めたとのことです」
「それはまことか!」
は、とかしこまる侍従。
申してみよ、と息巻くフォルツァに、侍従は言いにくそうに唇を丸めた後、話した。
「本名は、ジンガラ、とのことです」
「待て。それは芸名ではないのか?」
「いえ、それが……いつでもどこでも、ジンガラと名乗っておりますようで」
何というふざけた名前だ、とフォルツァは憤った。
ジンガラがジンガラと名乗ることは、別にフォルツァを馬鹿にするためでも何でもないのだが、まるで嘲られたかのような屈辱を彼は覚えた。
「して、どこに潜んでおるのだ。そのうつけ者は!」
侍従は、さらに言いにくそうに唇を噛んだ後、話した。
「アポジャトゥーラの、とあるマンションです」
フォルツァは思わず舌打ちした。
アポジャトゥーラは、フォルツァの統べるブラヴラ王国と肩を並べるほどの強大な国家だ。
「下手に手を出すと、危のうございますので」
「そんな事は、言われなくても解かっておる!」
しかし、とフォルツァは爪を噛んだ。
居所まで解かっていながら、手が出せないとは。
生まれながらの王者であるフォルツァは、これまで思うままに生きてきた。
欲しいものは必ず手にいれ、飽きれば捨てる。
それが許される立場でこれまでを過ごしてきたこの我儘な男の辞書には、我慢する、という言葉はなかった。
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