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第三章・17

 午後から出かけたこともあり、観覧車に乗り込む頃には日が暮れ始め西の空も茜色から群青色へと変わり始めていた。  気の早い明かりが灯り始めた眼下の景色は、ゴンドラの中のジンガラとパッサカリアを優しく包み込んでいた。 「ね、隣に座ってもいい?」  向い合せに腰かけていたジンガラが、わざわざパッサカリアにそう言ってきた。  何をいまさら。  いつも、あれだけべたべたしているくせに、なぜ今に限ってそんなことを言うのだろう。 「いいけど?」  へへへ、と照れたように笑いながら、隣に座ってくるジンガラ。  重心が傾き、ゴンドラがわずかに揺れた。二人で肩を並べて、外の景色を眺める。 「綺麗だね」 「そうだな」  あぁ、ホントならここで『君の方が綺麗だ』なんて言っちゃったりするんだろうなぁ、とジンガラは悶えた。  いつもなら、平気でそんな事をぽんぽん口にするくせに、今に限ってどうして出てこないんだろう! 「ね、手握っても、いい?」  もうすぐ頂上、とパッサカリアがワクワクしている時に、またジンガラがおかしな事を言った。  手ぐらいいつでもどこででも、無断で握ってくるくせに。 「いいけど?」  二人で指を絡ませ合って、頂上の景色を味わった。  街の灯が、あんなに小さく見える。  今まで、人をこうして高いところから見下ろすことしかなかった私。  今では、その街の灯のひとつひとつの中にまで思いをはせる。  皆、幸せだろうか。あの温かな灯の元には、笑顔があるのだろうか。  ことん、とジンガラの肩に頭を預けた。  私は幸せだ。  ゆっくりと、下へ降りてゆくゴンドラ。  またこの足で、地上を踏む。  愛しい地上に足をつけて、ジンガラと一緒に温かな灯の元に帰るんだ。  そっと、ジンガラの唇が頬に触れてきた。そのまま、静かに眼を閉じた。  髭が頬に当たる。  柔らかな感触を、唇の上に感じた。  二人で、寄り添ってキスをした。  ゴンドラが降りる間、静かな優しいキスを交わした。

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