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第5話
「ふぁー、玲次、おはよう。」
「おはよう。日向。」
「玲次、昨日も俺、いつの間にか寝てて…ごめんな。運んでくれてありがとう。」
朝起きてキッチンへ向かうと、玲次が既に起きて朝食を作っていた。昨晩はいつの間にか寝ていたようだ。時折昨日みたいにいつの間にか寝てしまう。
疲れてるのかなぁ。あいつらのせいで悪夢もみるし、確かに寝不足だったし…。でも、寝落ちした朝は、変な事に、朝体がスッキリしている。
「いいよ。よく寝れたか?」
「うん。」
玲次が「それは良かった」と笑った。
「日向、弁当はこれ。朝食は並べとくから、先にシャワー浴びてこいよ。タオルは出してる。俺はもう時間だから、先に家を出てる。」
「まじか!本当、毎日ありがとう。ははっ、俺、本当に玲次がいないと生きて行けなくなりそうだな。」
「…ふっ、そうか。」
?なんか、玲次の笑顔が。煌を見たからか、玲次と煌の笑顔がかぶる。黒い、笑顔。いやいや、玲次はあんなクソみたいな奴とは違う。
あぁ、仕事に行きたくないなぁ。今までは仕事が楽しかったのに。
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煌達が現れてから、学校にはキャップを深々と被り通勤している。馴染めてない職場でこれでは、もう知り合いは出来そうにもないな…。
「おはようございまーす。」
「おはようございまーす。」
案の定、時折会う先生に挨拶をするがあまり良い雰囲気の返事はない。…はぁ。
「あの、日向さん。」
「あ、はい。」
作業着に着替えて校庭へ向かう道すがら、寮管理の先生に声をかけられ足を止めた。
「えと…、すみません。先生用の社員寮の話ですが、再度確認したところ、空きがありませんでした。」
「…そうですか。ご確認ありがとうございました。」
それだけ言うと、寮管理の先生は逃げるように去っていった。
…何か引っかかる。昨日は結構空きがあるって雰囲気だったんだけどな。
今の生活はひと昔と比べるとかなり恵まれている。しかしその一方で、どこか引っかかる。玲次におんぶに抱っこで、それはまるで…いやいや、玲次はそんな事思ってないだろうし、そんな事思うのも失礼だ…。…なんだけど、今の状態って…、ある程度の自由度があるようで、実際はなくて、そこから離れる事は出来なくて、形は違えど、まるであの時みたいに『飼われてる』ようだ。煌にそうされていたように。やっぱり、もっと自立出来る様に基盤を整えねば。しかしそれが中々上手くいかないのがもどかしい。
「はぁ〜…。」
内心、やっと1人で生活していく基盤が出る!と張り切っていたので、断られたのは軽くショックだ。空いてそうだったのに…。ふらふらと校庭の隅の掲示板にもたれ掛かり、その影に入った。
「はぁ………」
「お、日向じゃ〜ん。おつかれーっす。」
「…圭人か。」
圭人は玲次の弟だ。玲次は落ち着いた雰囲気だが、圭人は浮ついた雰囲気の奴だ。そのせいか、兄弟だと言われないと分からないレベルであまり似ていない。軽い奴だから付き合いやすくて、俺はわりと好きだけど。
「日向〜、今朝は体調は大丈夫?例えばケツとか違和感ない?ははっ。」
「はぁ?何言ってんだ、お前。」
圭人がニヤニヤしながら俺に聞いてくる。しかし俺はそんな圭人を不思議な顔で見返した。そんな俺の反応に、圭人は意外そうな顔をする。
「…へー、薬盛って鑑賞だけ…。まぁ、入れたら流石に起きる?のか?」
何かごちゃごちゃ言ってるし。まぁ、圭人がなんかニヤついてるのはいつもの事か。そう思ってなんの気無しに俺は掲示板を見た。
「……!!」
ひゅっ
そして息が詰まった。
『クロ 金曜日 父親 20時 屋上』
掲示板に貼ってあった紙にはそう書かれていた。始まると分かっていたが、こうやって実感させられると辛いものがあった。これは鬼ごっこの告知だ。
「…?日向?大丈夫か?」
「……うん。大丈夫…。」
圭人が心配気に俺を見ていた。
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今日は木曜日なので、つまり奴らの呼び出しは明日の20時だ。父親…俺の父親の事だろう。アイツらに何かされてないよな?煌の父親と俺の父親は仲が良さそうだった。だから何かされたとは考えにくい。けど万が一…。あの世界から逃げる時に親父の事だけは脳裏をかすめた。きっと親父は煌に嘘の話を吹き込まれていたと思う。その証拠に、時々手紙も書いてくれていた。俺の失踪は寝耳に水だっただろう。大丈夫かな…。心配かけてるよな。やっぱり気になる…。
しかしのこのこ行くのか?こちらの世界では俺の動物の特性は消えたから、アイツらもそうだろう。現に柊も鼻が効かなくなったと言っていたし。なら…逃げ切る方法が無いこともない。
「圭人」
俺は保健室の扉を開けながら圭人を呼んだ。
「おー、日向。朝は体調悪そうだったけど、大丈夫?」
圭人は書類の整理をしていた。
「うん…。圭人、他の高校か、なければこの高校の制服とか…貸してもらえないか。」
「…え?なんて?制服?…え、日向………変態。」
俺の言葉を聞いて初めて書類から顔を上げ、圭人は目を丸くしてアホな事を口走った。
「ちげーよ!!」
天然かよ!圭人は時々、なんかズレてるんだよな…。いやまぁ、突然言われたらそうなるかな…。
「…あの貼り紙に関係ある?」
「…ない。」
「ふーん。」
気まずい。こんな、あからさまな嘘。圭人は疑い深し気な顔でこちらをじっと見てくる。
「…日向、バースの検査した?」
「え?あ、あぁ。したよ。残念なやつだった。」
今その話?最初こっちに来たばかりの時の検査では、どのバースにも該当しなかった。しかし暫くして再検査すると、検査結果が届いた。Ωとか言うやつだった。
「あー、Ω?」
「そうそう。」
「兄さんに説明受けたんだろ?なんて?」
「あー、こっちの世界はバースと言われる第2性のαとβとΩがあって、大半がβで、αとΩが少数派だって。Ωは発情期があるから、薬を定期的に飲んでおけって。」
「ふーん……。……あのな、日向、玲次の話、伝え忘れている箇所がある。」
「?なんだ、まだあるのか…。」
圭人は何か考えるそぶりをみせ続けた。珍しくニヤニヤしていない。そんな圭人は新鮮で、つられて俺も真面目に話を聞いた。
「お前らΩはな、男でも妊娠できる。」
「……なんだそれ…。」
「バースは未解明な事も多いからなぁ…。ケツに射精されたら妊娠するから、ケツは死守しろ。」
「……ケツって…」
まじか…。ここは想像以上に恐ろしい世界だ。この状態でまた煌達に捕まったらと考えるとゾッとする…。俺あっちの世界では散々やられまくってるし。でもまさか、アイツらだってわざわざ俺と子作りしたいとまでは思ってないだろうけど。アイツらがこの事を知るのにそう時間はかからないだろう。いや寧ろ知っておいて、きちんと避妊して欲しい。あぁ、俺、女子かよ。
「まぁ、でも普通の時の妊娠率はかなり低いから。危ないのは、ヒート期間。日向の言うところの発情期ね。この時ばかりは妊娠率跳ね上がるから、気を付けろよ。日向、まだヒートは来てないんだっけ?」
「まだ。」
「そっか。抑制剤飲めば、ヒート抑制出来るし避妊にもなるから、軽視せずちゃんと飲めよ。玲次に薬は貰っただろ?」
「うん。なんか、想像以上にやべーな…俺。」
煌達の事も忘れ呆然とした。なんて恐ろしい世界に来てしまったんだ。しかもΩとか…。
「ヤバいよ〜。ヤバいよヤバいよ〜。で、あの掲示板、大丈夫なの?」
でも次の瞬間には、戯けてんのかなんなのか、圭人は手元の資料に再度目を落とし、軽いいつもの調子に戻っていた。
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