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第7話

3人なら無理。3人で来られたら逃げる。1人なら……、根性だす。 この1年ぬくぬくと日常を楽しんできた。だから、この状況に脂汗と動悸が治らない。だって一昔前の監禁生活には、死んでも戻りたくない。 俺はガクガクと震えるのを必死に抑え、窓枠からそろりと屋上の様子を伺った。3人は何やら会話をすると、屋上から室内へ戻って行った。 (来る。) 俺はそろりと西棟の教室を出て、廊下の突き当たりに向かう。 (あった…。) 俺はそこでブレーカーボックスの鍵を開け、ブレーカーを切った。これで三箇所の灯りは消える。月明かりがあるとは言え、校舎内は暗い。これでまた少しは時間を稼げる筈だ。そのまま、先程灯りをつけていた教室の近くまで戻り、隅に身を潜めた。 ドクン…ドクン… (1人で来い……1人で来い…) ドクン…ドクン…… カツンッ 「!」 カツンッカツンッ 程なくして足音がした。俺はその音に耳を澄ませた。1人か、3人か…。 自分の心音が煩く、極度の緊張で音が耳の奥で音が木霊する。軽く息を吐き、自分を落ち着けた。 カツン、カツン、カツン、 (…1人だ!) しかし安心したのも束の間。心配はもう一つあった。 (冬夜なら、力で敵わない事もないと思う) カツン、カツン… (柊なら、口でどうにか切り抜けられるかも) ドクン、ドクン… (力でも口でもどにもならないのは) カツン。 「くそっ、暗ーな。」 (煌…!) 一瞬迷う。でも相手も1人だと考え直す。大体、こっちの世界で動物の特性はほぼ無くなる。力の差はあるとは言え、きっとあちらの世界ほどの差はない筈だ。 ガラッ 「………!!」 ガタンッ 俺は煌が教室のドアを開け足を踏み入れた瞬間に、煌の背中を押し倒し、その体を机に押しつけた。 「ハァッ……!」 「……ははっ、クロぉ、居るじゃねーか。」 「煩いっ!動くなっ!お前、今俺にナイフ突きつけられてるからな!動いたら刺す!!」 「はははっ」 俺はナイフの刃先を、煌の背中に当てた。しかし煌はそれを気にするそぶりも見せず、笑った。 「まぁ、落ち着けって、クロ。」 「ハァッ、…お前、親父に何した!」 「何も。お前の親父、うちの父親のお気に入りだから、俺は何も出来ねーよ。」 引っかかる言い方だ。しかし同時に納得もする。確かに、煌の父親と俺の父親の仲は良さそうにも見えた。 ていうか、俺の方が息が上がって煌は呑気に笑ってて…こいつ状況分かってんのか。 「それよりクロ、」 「あぁ?なんだよ。」 何にしろ、親父の安全が分かれば直ぐに撤退だ。このまま… 「お前えらく旨そうな匂いするな。」 「!!」 そう言うやいなや、煌は勢いよくこちらを振り向き、俺のナイフを持つ手を掴んだ。 「…っ!!」 カタンッ 一気に形成逆転だ。そのまま煌は俺の腕を捻り上げ、俺の体を壁に押し付けた。俺は痛みに思わず持っていたナイフを落とした。 なんだよ!こいつ、馬鹿力は相変わらずかよ。 「ふっ、」 「なぁ、なんだこの匂い。クロ。」 そう言い、煌は俺の首筋を舐め上げできた。鳥肌が立ち、嫌な汗が噴き出す。 「飼い主が呼んでも逃げて、挙げ句の果てに牙を剥くなんて、躾がなってないなぁ?」 「っあぁ゛…!!」 カブりと遠慮なしに項を噛まれた。超絶痛い。痛みで更に汗が吹き出す。 「やっぱりここの生徒だったか。」 そうだ。念のため、俺はここの制服を着てきた。上はカッターシャツだけだが、下は制服だ。しかし、なんかもうこれ、意味あったのかな…。 そうして煌が片手で俺を押さえ込み、もう片方の手で俺の体を弄る。ブチリとズボンの留め具を壊し、脱がせようとしてくる。 「あっ!!ちょっ、待て、馬鹿!」 「あぁ゛?」 「ぅっ…お、俺、こっちの世界でいうと、Ωとかいう奴で……ケツの中に出されると……出来るんだぞ!子供出来るんだぞ!!だから……もうこんな事…するな…っ。」 「……」 煌に凄まれて一瞬怯む。しかしなけなしの勇気を振り絞って伝えた。伝えると煌も黙った。そりゃそうだ。お前だってあっちの世界での立場上、俺と子供出来たら困るだろ。な、そうだろ?そこまで非常識じゃないだろ??しかしこんな事…パンツ姿で言うなんて恥ずかし過ぎる。本当に女みたいだ俺…。羞恥心から、俺の説得はしりつぼみになる。 「………ふ、はは、ははははっ!」 「…」 俺の羞恥心を横に、煌が大きく笑った。凄い、爆笑。久々に聞いたレベル。なんか…え。話伝わった?一瞬その笑いに呆気に取られるが、ちょっと安堵する。 「ふっ、クロ、お前本当にアホだな。」 え、何?まさか、信じてないパターンか。お前こそアホだろ。言ったら怒られそうだが、内心ムッとする。 「いや、本当だって!」 ……本当…だよね?でも、思えば圭人が言ってるだけだし…。え、俺嘘つかれた?玲次はそんな事言わなかった。何故か圭人が真剣だからうっかり信じたけど、所詮は圭人の言う事だ。 「お前、それ、」 俺の中で迷いが生まれてワタワタしていると、煌が続けた。 「最高だな。」 「え。」 意味が分からず振り返ると、ニヤリと笑う煌と目が合う。 ガンッ 「たっ!」 煌は今度は俺の頭を壁に押し付けた。勢い余って、壁におでこをぶつけた。痛い。そして、俺の耳元に口を寄せた煌が言い放った。 「お前が孕んだら、お前と、お前の子供、合わせて飼ってやるよ。」 「なっ…」 きっと煌は俺の話を信じてなくて笑っていた筈だ。しかし煌のその言葉に、俺はゾッとした。なんだよ…それ。 「だから、ほら、今から孕ませてやるよ。」 「……っ、ふっ!!」 するりと煌の手が俺の下半身に伸びる。そして、先程の噛み傷を舐められる。途端に体が今までの緊張ではなく、違うもので熱を持ち始める。 「あ、そうだった。」 「!!」 ガタンッ 煌はそう呟き、何事かと振り返ろうとしたところ、今度は俺を強引に引き倒した。ガタガタと机や椅子に体が当たった。いちいち痛い…。 「なにすっ……だっ!」 立ち上がろうとする俺の肩を、煌の足が踏んで制する。 「お前、まずはちゃんと膝をついて謝れ。『逃げてすみませんでした。もう逃げません。もう1度飼って下さい』って、懇願しろ。」 「…はぁ!?……っ!」 俺の言葉は、煌に頭を踏まれて止まってしまう。 「おら、早く。言え。」 「……ぐっ、」 ギリギリと、足に力を込められる。 何だこれ。俺は、もうこんなの辞めるんだ。辞める。辞めたい。けど…、もう、どうにも…… ジワリと、目頭が熱くなる。 ガラッ!! そうこうしていると、急に教室の入り口で声がした。 「ひ……クロっっ!」

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