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第8話 ※玲次視点
「…!」
教室に入ると、踏まれた日向が目に飛び込んできた。下は履いておらず、その現状に一瞬思考が止まる。
「あぁ?」
日向を踏んでいる相手がゆらりとこちらを向く。
「あっ、」
「!!」
俺は日向を踏んでいる奴に体当たりし、突き飛ばした。日向がこちらに気づき、目を丸くしている。日向にはこのまま走って逃げて欲しいところだが、俺が掴んだ日向の手は僅かに震えていた。
「お前…。」
「!」
日向を踏んでいた奴はゆらりと立ち上がると、こちらに向かって殴りかかってくる。その手を掴むと、近距離でお互いに目が合った。
「…っ!?」
目が合うと相手は驚愕に目を見開く。俺も日向に聞いていなかったらこうなっていただろう。だって、自分と全く同じ顔の奴が急に目の前に現れたんだからな。俺は相手の動きが止まった瞬間を狙い、相手の鳩尾を蹴った。奴が呻いてよろける。その隙に日向を抱えて、走り出した。
「はぁっ、日向、大丈夫か?」
「…玲次、ごめんっ、ありがっとう…」
「大丈夫だ。外に出たら、圭人が車で待ってる。」
そのまま走って校舎を出た。懸念していたが、幸い、他の奴らに出会ずに済んだ。
「玲次〜。」
呑気な声で呼ばれた先を見ると、車から顔を出した圭人がいた。
「圭人、車直ぐに出せ。」
「はいはい。はははっ、兄さんめっちゃ焦ってるし。」
そのまま、圭人の軽い声とは裏腹に、車は勢いよく走りだした。やっと少しは安心出来る状態だ。
「日向大丈夫なの?折角、ケツは守れって教えてあげたのに…。はははっ、なんか…ごーかん被害者感凄いけど。」
「……圭人、Ωのあの話、本当?Ωが女の人と同じだって…子供出来る話。」
圭人の軽口に日向がピクリと反応し、確認していた。
「本当だよ。ね?玲次。」
「…ああ…。俺の伝え漏れだ。悪かった…。」
「……そうか。」
いつも強い日向が今は弱々しく、そう呟くとそのまま目を閉じた。その横顔は青く、体を後部座席で小さく丸めている。
「……」
その姿を見ていると、胸中が雑いた。
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「着いたよ〜。」
「日向、着いたぞ。服、とって来るから、少し待ってろ。」
「…ん。」
それから取ってきた服を日向に着せ、自宅に戻った。
「日向、水。」
「うん、ありがとう…。」
日向は水を受け取ったものの、飲むそぶりは見せなかった。顔はまだ青い。日向が俯いた拍子に、その襟足が見えた。赤くなった、噛み跡。
「……」
日向は、震えは治ったようだが顔色は依然として良くない。首筋に残る歯形が痛々しい。
「はぁ…」
日向はため息をつき自分自身をギュッと抱きしめた。
(こんな…)
車内からずっと感じていた。
胸にモヤモヤとしたら思いが湧く。
(日向……)
目を細めて日向を見る。壊れそうで、寸のところで踏みとどまる日向。足元から突き抜ける、
(……綺麗…。いい…欲しい。)
どす黒い欲望。勿論、傷ついて弱々しい日向は可哀想だ。普通はそう思って胸を痛めるべきだとも理解している。しかしそれ以上に、俺はその姿に酷く欲情してしまう。ぐらぐらと揺らいで、壊れそうで壊れない。強い日向だからそうなる。そこでずっと揺らぐ。その様は人間の強さや脆さが凝縮された様で、箱に入れてしまいたい位に綺麗だと思う。自分にはない強さ。
「…日向」
「っ、玲次…。」
俺は日向を抱きしめた。起きている時にこんなに過剰にスキンシップを取るのは初めてだ。
「日向、大丈夫だ。日向には俺がいて、守るから。」
「…玲次……ありがとう。」
そう囁くと日向が俺を一度抱きしめ返してきた。1秒、2、3、4、5、6…………。直ぐに離れると思った体は、想定よりも長く俺の腕の中にいた。そしてようやくその体を離した。
「玲次、今日はありがとう。情けないところ見せて、ごめんな。もう大丈夫。確認したい事も確認出来たし。本当、玲次のおかげで助かった。」
にっこりと、いつもより近い距離で日向は俺に微笑んだ。可愛くて、愛おしい。
「…。お腹減ってるか?夕飯温める。」
「あっ、」
「…」
俺は日向に微笑み、夕飯の準備の為その場を立ち上がった。しかしその服の裾を日向の手が掴んだため、俺はその場で立ち止まった。
「れ、玲次……。ごめん。…まだ、その…少し…側に居てもらえる?居てくれるだけで、大丈夫だから…。」
「…あぁ、勿論。」
俺はニコリと笑って、日向の隣に再度腰を下ろした。
日向は強いから、中々綻びが生まれない。しかし今日の一件で一気にこうだ。
…自分にそっくりな顔をした、日向を傷つける腹の立つガキ。しかしその使い道は、まだありそうだ。
俺は日向に微笑み返した。
「日向、大丈夫だから。な?ずっと俺が側に居るから。」
日向の頭を優しく撫でると、猫が擦り寄るように、目を細めた日向がこくりとら頷いた。
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