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番外編 今日も見てる
※兎の生徒視点
『あいつ獅道のおもちゃだから』
その言葉に最初から違和感があった。
俺は今まで南大陸の田舎で暮らしていた。しかし親の転勤を期に、海を越えた北大陸の都会に引っ越した。当然学校も転校だ。田舎はのんびりして良かったが、正直都会への憧れもあってワクワクしていた。
「お、おはよう!」
まずは最初の挨拶が肝心だ。俺は教室に入り、隣の席に居た生徒に声をかけた。黄色の猫目が気の強い印象を受ける、黒猫の生徒だ。
「おぉ…おはよう。……あぁ…転校生か。」
しかし相手は俺の挨拶に、大袈裟にびっくりしていた。知らない奴からいきなりの挨拶だからな…。意気込みすぎたと、少し恥ずかしくなって俺は俯いた。すると隣からふっと、笑う声が聞こえた。
「いや、ごめん。ちょっと訳あって… 話しかけてくれてありがとう。びっくりしたんだ。俺、宮猫。」
宮猫はカラカラと笑った。凄く良さそうな奴だ。まるで、どこぞの親分みたいな…?俺は宮猫の笑顔を見て、この学校で上手くやれそうな気がした。
「俺、ハルト!よろしく、宮猫。」
しかしそう思ったのも束の間
「はははっ、宮猫、避けてんじゃねーよ!」
「当てろ当てろっ!」
なにこれ、都会怖い。めっちゃ宮猫虐められてる…。てか、可哀想…。
隣のクラスとの混同体育、ドッジボール。先程隣で笑っていた宮猫は、露骨に虐められていた。集中的に狙われている。大型の肉食獣も遠慮なしにバンバン宮猫を狙い、全力で投げてて超怖い。玉がびゅうびゅうと、不穏な音を立てている。しかし宮猫は眉を寄せて不快なそうな顔をするものの、結構上手く避けていた。
「…あれ、ダメだろ。」
「あぁ、…あいつ、獅道のおもちゃだし…。お達しが出てるんだよ。」
「え?お達して……虐めの?」
俺の呟きに、隣の生徒が反応しとヒソヒソと教えてくれた。
「まぁ…、はっきりそうとは言われてないんだけど……分かるじゃん?文面…ていうか、雰囲気??」
獅道…。それは有名な獅子だ。田舎から来た俺でも知っている。ってか…。俺はちらりと向かいの隅でふんぞりかえって座る、隣のクラスの生徒を見た。それは獅道、本人だ。
「あ、でも、絶対この話は宮猫本人には伝えるなよ!獅道くんも、別にはっきりやれと言ってるわけでもないし……。俺達は獅道の意図をくんで…ね?兎に角、ヤバい事なるからな。」
「はぁ…。」
俺が話した本人は、ちらちらと獅道を見て、焦ったように付け加えた。陰湿。
バシッ
大型動物のボールが宮猫の脇腹に当たった。あんな体格差あるのに、全力で狙うとか怖すぎ…。呻いて宮猫がその場に倒れた。当たり前だ。俺は1人でオロオロしてしまう。しかし周りはその様子を囃し立てるばかりで、助けようともしない。
「あーあ、大丈夫か?保健室いくか?」
(あ…)
笑い声が響く中、倒れた宮猫にゆったり近寄ったのは獅道本人だった。宮猫、ヤバくないか…。大丈夫か!?俺はハラハラとした。
「えー、獅道くん、優しい。」
「他のクラスなのに…。」
「てか、同じクラスの奴、誰か助けてやれよ〜。ははっ」
俺の心配を他所に、クスクスとその場が騒つく。いや、主犯格に何言ってんだ?この場で最も優しくない奴だろ。
獅道は宮猫に近づき、何やらごにょごにょとやりとりをしたかと思うと、宮猫を抱えて消えて行った。
「さっ、続きやろー」
「獅道くん行っちゃったねー」
そして誰も宮猫の事を心配する事なく、ゲームが再開される。それは異様な様だった。しかし他の生徒にしたらこれが日常なようだ。
「あ、」
そこで俺は気づいた。コートの隅に転がる、宮猫のシューズ。あれがないと、帰りに足が汚れるだろう。俺はそのシューズを拾い、慌てて2人を追った。正直、宮猫の事も気になっていた。
「……て、保健室どこだ。」
そして案の定、速攻で迷った…。そりゃそうだ。この学校に来たばっかりだし。結局道中で2人に追いつく事は出来ず、俺は保健室の前まできていた。
「……話し声?」
保健医は不在と札が出ているから、宮猫と獅道?大丈夫か??
俺は無意識に息を潜め、耳をそば立てた。
「クロ、大丈夫か?俺も止めれなくて…すまんな…。」
「別に。こんなの何でもないし。」
聞こえてきた話し声。なんと獅道が宮猫に謝っている。俺はかなり混乱した。
獅道が、誤ってる…?しかもクロって、やけに親しげに話すな。
「……クロ、こんなの辛いだろ。なんなら、もう学校なんて辞めてうちの屋敷で働かせて「そんなの嫌だ。」」
「……」
「辞めたら、負けたみたいだし。」
「…あと2年間、ずっとこんな事され続けたら、クロも辛いだろうな…。」
「…………。」
「…こういう事、今よりももっと酷くなるかもな。」
「……」
……。なにこれ。どゆこと?虐めの主犯格が謝って、心配して、自分の家にリクルートして……る?
「環境に無理にあがらうより、環境を変えるのも一つの方法だ。クロだって分かるだろ?」
「……でも…ちゃんと卒業するって親父と約束だし…」
「…ふーん……つか、お前がこんなになってるのが、おやじさんの望み?」
「………それは…」
宮猫の声色がどんどん弱々しく、揺らいでいく。
「こんな青痣作って、逆におじさんは心配だろうな…。」
「…………」
「おじさんも、なんであれ、クロが楽しく暮らせる事を願ってるだろうになぁ…。」
「……」
「こんな事、おじさんが知ったら……」
「…っ、もう…触るなっ。」
耐えきれないと言う風に、宮猫のつっぱねる声が響いた。
「……ははっ、痛い?」
「……だっ、やめっ、…っ、いっ!痛いって!!離せ!…はぁっ、はぁっ…きょ、距離…ちけーよ。離れろ。もういい。煌、お前クラス戻れよ。」
「はっ、心配してんのになぁ…。」
あ、ヤバい。出てくる。
俺はモヤモヤとしたまま保健室から急いで離れた。
それから、俺は気になって2人をよく見てしまうが、違和感は強くなるばかりだ。
まず宮猫。虐められっこと言われるが、宮猫は凛として強くて芯があって、俺なんかよりもよっぽど男気がある。虐められる要素は…黒猫ってくらいか?しかしそれも、ここまでされる程か?俺の田舎では差別がほぼなかったから、虐められるるに足る話のか謎だ。
そして獅道。こいつが1番謎だ。俺の気のせいかもしれないが、獅道はいつも宮猫を見てる。観察している。その視線は、憎悪とは違う気がする。負の感情よりも寧ろ…なんだろう?変な話、もっと好感的な視線に感じた。
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「はぁっ、遅くなった…」
俺は放課後の廊下を走っていた。教師に呼ばれ、色々と説明を受けていたらこの時間になってしまった。俺みたいな小型の草食獣が、夜間遅くまでうろつくのはあまり宜しくない。
「あ、宮猫…」
「…あっ」
下駄箱で靴を履き、勢い良く飛び出したところで宮猫がいた。
そしてドキっとした。いつも凛としている宮猫が、泣いていた。宮猫の黄色の瞳が涙で潤んで、薄く弱々しい。
「あ、…えと、靴、どした?」
「……なんでもない。」
見ると、宮猫は自分の靴を洗っていた。宮猫の靴は泥が詰め込まれていたようで、酷い有様だ。一言小さくそう漏らすとら宮根は無言でその靴を洗い出した。
「……」
いつも動じてない風だから、半ば感覚が変になっていた…。そうだよな。嫌なもんは嫌だよな。皆の前では我慢していたんだ。そう思うと、胸中に申し訳ないと言う気持ちが湧き、ざわざわといても立ってもいられなくなった。
「宮猫、手伝う。片方貸して。」
「…大丈夫。……あのさ、こんなん言うのも情けなくてあれなんだけど、ハルトも俺に関わると虐められるかもだろ。そしたら…困る。」
なんとも宮猫らしい言い訳だと思った。自分がどうのではなく、こんなになっても俺の事を気遣っている。
「いや、いいよ。手伝わせて?」
「……ありがとう。」
無言でごしごひと、2人で宮猫の靴を洗った。もう少しで洗い終わる頃、俺がいて気を使ったのかなんなのか、チラリと見た宮猫は泣き止んでいた。不思議とそれを見て俺は少し安心した。
「ハルトは南の方から越してきたんだよな?」
「そうだよ。南の田舎。」
不意に宮猫が話しかけてきた。
「南の田舎か……いいなぁ〜俺も将来はそっちの方に住みたい。」
宮猫がはぁとため息をついた。そうだよな。あっちの方は変な偏見もなく、のんびりしている。直接本人には言えないが、俺は宮猫の話に納得していた。
その後も宮猫と話した。話せば話す程、宮猫には好感が持てた。こんな宮猫が下らない偏見で虐められるなんて、変んだ。俺はぼんやりそう思った。
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しかし思ったからとどうする事も出来ず…。
「…宮猫…」
昼休み、俺の視線の先には宮猫。複数の先輩達に囲まれてる。大柄な動物も何人かいる。
「お前、すんごい嫌われてるらしいじゃん」
「なに木陰で寛いじゃってんの。邪魔なんだけど。」
訳わからんいちゃもんをつけられてる。どうしよう。助けたい。でも…。
「うるせー。お前ら意味分かんねーし。俺が先にここにいたんだ。残念だったな。あっち行けよ!」
「はぁ?!お前がさっさと退けよ」
あぁ、ヤバい…。宮猫は相手がどんな奴でも、基本的に態度は変わらない。そういうところも良いと思うが、世渡り下手だなとも思う。先輩達が怒りの色を濃くし、宮猫に殴りかかる。
宮猫は身軽だ。ひらりとかわすが、相手も人数がいる。宮猫の隙をつき、直ぐに喧嘩は一方的な暴力に発展した。
「あぁ、どうしよう…どうしよう…」
俺は情けないことに、逃げる事も助ける事も出来ず、その場で身を潜めオロオロとした。
ゴンッ
「!!」
一際大きく嫌な音がした次の瞬間、見ると宮猫が倒れていた。ピクリとも動かない。
え、だ、だだだ大丈夫か?!
「やべー、なんか動かなくなったけど。」
「お前が頭を思いっきし殴るからだろ。」
「まぁ…ただのびてるだけだろ。」
「くっそー、しかし痛ー。宮猫に蹴られたし。」
「はははっ、お前弱すぎ。」
早くどっか行け。早くどっか行け……。俺は隠れながら、ドキドキと願った。先輩達が消えたら速攻で、保健室に…。
「まじでムカついた。」
「なー、こいつ裸にして恥ずかしい写真撮ってやる?」
「えー、気持ち悪ー。」
「…でもいいかもな。生意気な事言えなくしてやろうぜ。獅道もそれが望みだろ?」
え。どうしよう…どうしよう…どうしよう!!
俺は頭で考えるより先に走っていた。校舎に向かって。向かったのは、隣のクラス。
「し、獅道くん!!」
クラスで相変わらず人に囲まれ、相変わらず踏ん反り返ったその人。
「あ?」
う。怖っ…。
「み、宮猫くんが講堂前で、なんか、変な写真、気失って…!」
思わず獅道の鋭い視線に怯み、支離滅裂な事を言ってしまった。俺の言葉を聞いて一瞬、獅道が固まった。そしてその次の瞬間、獅道は凄い勢いで立ち上がり走り出した。その勢いに、俺も周りも唖然とした。ハッとして、慌てて俺も後を追う。しかし、……獅道、めっちゃ足、速…。
獅道に離され、遅れて俺がやっと講堂前に着くと、先輩達が気を失って転がってる中央に、半裸の宮猫を抱えた獅道がいた。
「はぁっはぁっはぁっ、宮猫くんっ!!っ!」
「……」
大丈夫?と伸ばした手は、獅道に払われた。
え?と思ったが、漏れ出るピリピリとした雰囲気が怖くて、俺は獅道を見れなかった。そのまま、獅道は無言で宮猫を抱えてどこかへ歩き出した。俺は数秒して我に帰り、少し迷ったがこっそりと2人を追った。何故かもう宮猫が酷い事はされないだろうと思った。ただ、真相が分かりそうな気がしてそうした。
獅道は講堂からそう遠くない、人気のない部室棟の裏手に向かった。そこで自分の膝の上に宮猫の頭を乗せて、座った。
「これは…悪手だったな…ダメだ…。…俺に言えば…助けてやったのに…お前折れないし…。ダメたダメだ…やっぱり、もう……」
獅道はブツブツ言いながら、宮猫を撫でる。獅道の淀んだ瞳は宮猫だけをずっと見つめて、頭、頬…唇を撫でる。狂気的な、じっとりとした雰囲気が辺りに満ちていた。
カツンッ
「っ」
あ。
その雰囲気に、思わず後ずさった俺の足元から音が響く。まずい。そう思って顔を上げると、次の瞬間には無表情の獅道が俺を見下ろしていた。
「見た?」
先程とは打って変わって、獅道の瞳は冷たい。獅子云々を除いても、獅道の作り物の様に整った顔だからそれが余計怖い。
「………あ…なっ…なんで…こんな事…。」
黙ってその場を立ち去るのが賢い事はわかっていた。しかし、聞かずにいれなかった。すっと、獅道の目が細められる。
「……お前、この前もクロといたな。」
この前…。靴を洗った時か?見ていたのか??いったい、何処から何処までが獅道の手の上なんだ?
「この事、喋るな。クロに、もう近くな、話すな、触るな。」
「………っ」
言葉の羅列の様な、ぶっきらぼうな言い方だが、だからこそ有無を言わせないものを感じた。
「消えろ。」
そう言われて、俺はその場を走って離れた。
次の日から、宮猫へのいじめはぱたりと止んだ。その代わり、今まで以上に獅道は宮猫にべったりになった。
『あいつ獅道のおもちゃだから』
からかってるいるんだろう。皆そう言うが、それは皆の願望であって、ある種の妬みなのだろうと思う。
『なんでこんな事。』我ながら馬鹿な質問だった。下校中に見た。獅道が宮猫を自分に引き寄せる手つき。あの時の宮猫への触れ方。まるで、愛しい恋人にするような、それ。
獅道は今日も見ている。宮猫だけを。じっとりと、狂気を孕んだ目で。じっと見ている。
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